第10話 果物狩りに行こうよ
ルークたちの試験が終わって一週間が過ぎた。初等部・中等部・高等部すべての試験が終わり、最初の朝礼を迎えた。
全ての生徒が広場に集まる。マヤが定刻のちょうどになって「それでは起立」と声を上げた。
今日は試験で優秀な成績を残した生徒の表彰日だ。村の学校では実力至上主義のもと、成績優秀者は全校生徒の前で表彰を受けられることになっていた。
各部から三名の生徒が表彰台へと上がった。ルークは高等部の列から、三人の背中を見上げる格好だ。
「それでは表彰をします。第一期試験――成績優秀者表彰。
初等部。リリアーナ=ナナ」
控えめな返事と共に、校長から賞状を受け取った初等部の女の子。ミディアムロングの髪の先端をくるっと巻いた少女らしい風貌だ。だが初等部の子供にしてはやけに表情が落ち着いていた。
可愛らしいというより、可憐。一桁の年齢にしてそう思わせるような雰囲気があった。
だがそんな事よりも。集まった生徒たちの目を惹いたのは、彼女の肩に乗っていた生き物の存在だ。
尖った嘴に四足の獣の身体。小さいけど、あれ確かグリフォンってやつだよな。
ルークは習った記憶をたどりながら観察していた。確かかなり数の少ない魔獣で、飼いならすのも難しいと教科書で見た覚えがあった。
それをあの年で遣えているのは才能ってやつだろう。って、ん? 遣えている?
ということは魔獣遣い?
それに“ナナ”って……。隣を見ると、同じく魔獣遣いの少女、フランチェスカ=ナナが壇上の少女を見上げていた。
ルークが問うよりも先に、フランチェスカは少年の視線に気がついたらしい。
「ええ。私の妹よ」自分からそのように紹介した。
「入学したばかりだけれど、試験の成績はぶっちぎりの一番だったらしいわ」
「あの年でか。凄いんだな」
「そうね。あの子の力はそれはもう優秀なものだわ。そう、私……」
「私に似て?」
彼女の口癖を先取りしたルーク。フランチェスカは曖昧に微笑んで返した。先に言わないでよ! みたいに返されると思っていただけに少し意外だった。
まあ、いいや。ルークが再び壇上へと視線を戻す。次の表彰者は誰だろう。
「続いて中等部。ココノ=リヴェール」
「ってお前かい」
思わずルークから独り言が漏れた。しかし冷静に考えてみればココノが実践試験で表彰されない姿は逆に見たことがなかった。入学以来ずっとじゃなかったか? あいつ。
同じ世代の子たちは可哀そうだな。ルークはそう思ったが、見れば中等部の子供たちはみんなが心からの笑顔で拍手を送っていた。好かれているらしい。ココノも壇上で手を振っている。
いや手を振るのはいいが、こっちばっかり見るのはやめてくれ。
満面の笑顔を向けてくるココノから、ルークはそっと目を逸らした。中等部の生徒からの視線が痛い――主に男子の。
俺たちのココノちゃんがずっと高等部に手をふってるぞ
だれなんだろあの男の人
ココノとどういう関係なんだっ!
目をそらすだけでは足りない。ルークはそっと耳も塞いだ。ココノが初等部の頃に「ルークお兄ちゃーん! とったよー♪」と壇上から叫んできたのは今でもトラウマだ。
二人の少女が下がり、最後の一人。高等部の生徒が前へと出る。
「高等部。ロイド=パストール」
「はい!」
精悍な返事とともに前へ出るロイド。普段の調子とは似つかないきりっとした顔。わだかまりはもう引きずっていないようだった。
おめでとう、ロイド。嬉しいよ。本当だぞ。
全校生徒に向けてお辞儀する少年へ、ルークは精一杯に両手を叩いた。
校舎では残りの成績上位者が掲示によって発表されていた。
高等部、成績上位者。
一位 ロイド=パストール
二位 フランチェスカ=ナナ
三位 エルドレット=マックヴェル
四位 ルーク=エイル
……
上から四番目の位置に、ルークの名前はあった。実践試験“虫捕り”におけるルークの捕獲数はゼロ。それでも上位というのは、数字に表れなかった彼の成果を教師が評価したことに他ならなかった。
「やったわ! やったわねルーク!」
「おめでとう。ま、ルークの働きならもっと上でもよかったと思うけどね」
フランチェスカはルークの手を取ってとびはねた。ロイドの笑顔は、表彰を受けたときのそれより明るく見えた。
二人は自分のことのように友の成績を喜んだ。四位という数字より、二人の言葉がルークには嬉しかった。
その日の授業の終わり。ルークたちの担任のマヤは「みなさんに発表があります」と口火を切った。
「初等部・中等部・高等部合同の学校行事がもうすぐありますね――はい、そうです。果物狩りです。皆に伝えていた予定より少し早くなってしまいますが、明日の昼より実施されることが決まりました。
去年までは先生たちがグループを誘導していましたね。ですが今年は高等部の生徒が中等部と初等部の生徒を率いることになりました」
明日ってまた急な話だな。しかもやり方も変えるのか。ルークは肩肘をつきながらも、マヤの話へ耳を傾けた。
「そこで高等部の生徒の何人かにリーダーをお願いすることにしました」
「それってもう決まってるんですか」
「ええ。本当は皆さんに決めてもらってもよかったのですが、あまり時間もありませんし、先生たちが話し合ってリーダーを決めさせてもらいました」
生徒たちからの異論はなさそうだった。これが中等部なら「やりたいやりたい」と騒ぎ立てる子もいそうなものだが、そこはさすがに高等部の生徒。落ち着いたものだった。
「まずは一班リーダー、ロイド。二班リーダー、フランチェスカ。三班リーダー、エルドレット。四班リーダー、ルーク。五班リーダー……」
リーダーに任命された生徒は、おおよそ試験の上位者と重なっていた。もちろんそれだけで決めたのではないだろうが、成績の優秀な生徒には真面目な生徒が多い。そんな事実を端的に表していた。
――そして翌日。村の外れの果樹園に生徒たちは集まっていた。
中等部、初等部の生徒たちのテンションはもちろん高かった。遠足にやってきたかのような顔ではしゃいでいた。
リーダーを中心にチームが分かれる。それから決められた範囲で、果物狩りが始まることと相成った。
「ロイド先輩! ロイド先輩! あれとってくださいよぉ!」
先日の試験で一躍有名人のロイドは、中等部の女子からやたらモテていた。だが彼のストライクゾーンは年上の一択。さわやかに応じながらも、もどかしい顔をしていた。
自他ともに認めるエロの権化は完全に封殺されているようだった。
まああの分なら評判を落とさずに済むだろう。それならその方がいい。ルークは適度に後輩たちの面倒を見ながら、辺りを観察していた。
「おにーいちゃん♪」
「ココノか」愛らしい挨拶に、視線も向けずルークは応じた。
「ごめーん。待った?」
「待ち合わせしてたみたいな台詞で登場するな。っていうかココノ、班はどうした」
「うちの班長……あ、エルドレット先輩ね。すごく放任主義だから大丈夫。ありがたいよ」
おいエルドレット。てめえちゃんとココノを鎖につないどけよ。そんな視線を向けるが、当のエルドレット少年は自作のハンモックで昼寝をしていた。もとより仕切る気がないようだ。あ、マヤ先生に叱られた。
「ていうかお兄ちゃんの方もどうなの。ぜんぜん世話してあげてる風に見えないけど」
「まあ、みんな適当に楽しんでるし平気だろ」
「あんまり収穫が少ないと怒られるんじゃないの?」
「いやその点は全く問題ない。ほら」
ルークが指すその先には、初等部の代表として表彰を受けたリリアーナ=ナナの姿があった。魔獣を使役して次々に果物を回収している。
もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな状態だ。ココノほどではないにしろ、群を抜いた才能を持つ子だとひと目でルークは確信した。一人加わるだけで状況を変えるタイプの人間だ。
「あ、リリィちゃんだ。お兄ちゃんの班だったんだね」
「知ってるのか」
「そりゃあ知ってるよ。一緒に遊んだことあるし。それに有名人だもん」
「有名人?」聞き返すと、ココノはびしっと指を立て、なぜか眼鏡を上げるような仕草をした。おそらく意味はない。
「リリィちゃんはね。村で唯一の魔獣遣い“ナナ”一族の末っ子なの。小さいながら実力はぴか一。稀代の遣い手と呼ばれたお父様の才能を確かに受け継いでいるんだって。
マスターの名を継ぐのは末っ子のリリィちゃんじゃないかって、気の早い大人たちが噂してるのも聞いたことがあるよ。――あれ? そんな興味ない?」
「ん。まあ……よその家のことだし」
「そう言われちゃえばそうだね。お兄ちゃんが興味あるのはわたしだけだし」
「いや言ってないからな」
「ちっ、つられなかったか」
「女の子の舌打ちはやめなさい」
ココノとまったり軽口を交わし合いながら、ルークは何となく話題の人物の姉――フランチェスカの姿に目をやった。小さい子たちを前にはりきっている姿が見えた。
しかし、うまくいっているのだろうか。まとめるとか仕切るとか、そういう事が上手なイメージがあまり湧かなかった。
空回りしてないかと心配になる。
「お兄ちゃん、どこ見てるの?」
気がつくと、ココノはルークの頬すれすれにまで顔を近づけていた。
「デートの途中に他の女の子を見るのは感心しないんだよ」
「デートしてた覚えが全くないのだが」
「見てたことは認めるんだね。どれどれ、どんな子を見てたのかなー。……もしかしてあのおっぱいの子じゃないよね」
ルークもわかってはいたことだが、ココノは鋭く、そして目ざとかった。
「――これは教育が必要だね。女の子は胸じゃありませんよってことをお兄ちゃんに教えてあげなくちゃ」
「た、頼んでねーぞ」
「おーい! ココノちゃーん!」ルークに迫ろうとしたその瞬間、遠くからココノを呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのある声。ココノの班のリーダー、エルドレットの声だった。
ココノはちっ、と舌打ちひとつ。そして顔を造ると「なんですかぁ? せんぱぁい」といかにも女の子らしい声。怪しい笑顔は影も形もなくなっていた。裏があるとか表があるとかそういうレベルじゃない変わりようだった。
女って怖え。
「いやー、マヤ先生に怒られちゃってさ。一度全員で集まりなさいって。ココノちゃんも来てくれるかな」
「あ、はい。わかりました。先輩も大変ですね。すぐに行きますね」
去っていくエルドレットに、ココノはひらひらと手を振った。そして
「なんかね? わたしのターンになると、よく邪魔が入るような気がするよ。わたし日頃の行いはいいのに」
――なんも言えねえ。ルークは押し黙るしかなかった。
絵に描いたような渋い顔で去っていくココノ。小悪魔祓いが済んだルークは、ようやく重かった腰を上げた。そして見に行く。気になっていた少女の様子を。
「さあ、スカイローゼ! 高い位置の果実を落とすのよ!」
「きしゃー!」
つんつんつんつん。一生懸命に、小さな鳥獣は枝の根元を削ろうとしていた。しかしなかなか切って落とすまでに至らない。「ねえ、フランお姉ちゃんまだー?」じれたように初等部の子たちは頬をむくらませた。
「あ、あら? もう少し待ってね。頑張るのよスカイローゼっ!」
あれは効率悪いなあ。もっと緩そうなのをつつかせればいいのに。
しかし地上のフランチェスカから、落としやすい果実を見て探すことはできない。一方のスカイローゼには、果実を選べるだけの知恵がおそらくないだろう。
つまらなそうな子供の反応に、フランチェスカの顔はますます焦りの色を強めた。
どツボだね。これは。ルークはため息を吐くと「フラン。ちょっと」一生懸命な少女の肩を叩いた。
「な、なによルーク。いま忙しいのだけれど!」
「少し休憩しよう。リラックスリラックス。そんで話を聞け」
「話って!?」
「連携だ」その言葉に、フランチェスカはぷい、とそっぽを向いた。
「た、頼んでいないわ! 私一人だって充分なんだからっ」
「頼んでるのは俺の方だよ。力を貸してほしい」
その言葉で、ちらっとフランチェスカの目がルークを向いた。言い方ひとつだな。ルークはコミュニケーションのスキルを学んだ。
「いいか。俺の身体強化は木のてっぺんまで余裕で行けるが、高所での収穫作業は効率が悪い。だがフランの魔法も、スカイローゼが無差別に果実を落とすだけじゃ非常に時間がかかってしまう」
「だから手を組むの? 私一人じゃ上手くいかないからって!」
「ああ。そうだ」少しだけ語気を強めるルークに、フランチェスカはスカートの裾を握った。
「この間の試験でフランが二位になれたのは、俺の力があったからだ。けどな。俺が四位という成績をとれたのも、フランとスカイローゼが力を貸してくれたからだ。
俺たちは一人じゃ何もできなかっただろう。けれど二人で組めば、それなりの結果が出せる。あの試験で証明できたはずだ。チームで優勝を勝ち取ったときの気持ちは覚えているか、フラン」
「――」
「俺は覚えている。きっと忘れることもない」
「――わかったわ。ルーク。力を貸して」
フランチェスカは呟くように言った。意地を張ってごめんなさい。続けたかった言葉は声にならなかった。けれど、それでも最低限。伝えなければならないことは、言葉にすることができた。
「まかせろ。まず俺がだな……」
ルークの口から連携の手段が伝えられる。「わかったわ」フランチェスカの返事で、ルークは木の幹に両腕を添えた。
5倍くらいからいってみるか。全身に魔力を漲らせ、ルークは腕に集中を向けた。そして思い切り木を揺らす。
樹木全体がぐらんと揺れた。それにつながる枝も、葉も、そして果実も。
『接触が緩くなっている果実は揺れが大きい。それをピンポイントでスカイローゼにつつかせるんだ。下で子供たちが受け取るから』
フランチェスカは真剣な顔で、ルークの指示をスカイローゼに教えた。そんな主人の思いに応えるように、スカイローゼは落ちそうな果実を素早く狙って落としていった。
果実が次々に落ちる光景は壮観の一言だった。根元に集まった子供たちから歓声が沸いた。
「スカイローゼすごい! かっこいい!」「お姉ちゃんが育てたんだよね」「どうやって育てるの? わたしにもできる?」
収穫などそっちのけで、何人かの子供がフランチェスカに寄って行った。目立つのはもちろんスカイローゼだが、指示を出す魔獣遣いの姿に憧れを抱いた少年少女は少なからずいたようだった。
――しばらく騒いでから、子供たちは落ちた果物の回収にとりかかった。ようやく一息のついたルークとフランチェスカは、子供たちの駆け回る姿を並んで眺めていた。
「ありがとう……ルーク。また助けられてしまったわ」
「夢中なのはわかるけど、たまにはクラスメイトの存在も思い出せ」
やれやれ、といった調子でルークは肩をすくめた。
「一人でなんでもやろうと思うことはない。もちろん世の中にはそういうことができる人がいるのも知ってる。いわゆる天才、って呼ばれる人たちがさ」
その言葉に、フランチェスカは思わずリリアーナの姿を探してしまった。自分とは違う才能を持つ妹の姿を。
「でもみんながみんな、そんな人ばかりを目指すことないだろ」遠くを見るフランチェスカを引き戻したのは、ルークの言葉だった。
「苦手なことがあっても構わない。仲間と補い合えばいい。せっかく俺たちがいるんだ。忘れてくれるなよ、フラン」
そしてまたひとつ、ルークは大きなため息をついた。そんな彼の横顔を、フランチェスカは潤んだ瞳で見つめていた。
「そうね。忘れないでおくわ。ルークの言葉も。……それに、今日のできごとも」
私、忘れないから。凛々しく映る少年の横顔と一緒に、フランチェスカは自分の気持ちを胸に刻んだ。
それから中等部・初等部の生徒は解散となり、行事に参加した大人数名と高等部の生徒が果樹園に残って片づけ作業を行っていた。
「それにしても獲ったねえ。今年は」
ロイドの言葉に、ルークは収穫物の入ったかごを見渡した。ざっと昨年の倍はあるように見えた。
「こんなにどうするんだろうな。ちょっと獲りすぎじゃないかこれ」
果物みたいに傷みやすい作物は、食べる分だけ取りに来るのが普通のはずだ。いくら行事を盛り上げるためとはいっても多すぎる。干して備蓄用にでも回すんだろうか?
そんな疑問の答えは解散のときになって明かされた。作業を終えて集合した生徒たちに、マヤは「静かに聞いてください」と改まって口にした。
「今日はお疲れ様でした。中等部や初等部の子の面倒を、みなさんはよく見ることができていたと思います。行事は大成功に終わりましたね。
さて収穫した果物ですが、これは二日後に村を訪れるお客様に振舞われます。お客様は村から110kmほど離れたグランシア王国よりみえる――
“王の騎士団”です」
とくん。心臓が大きくはねたのを、ルークは感じた。
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