第7話 虫取りに行こう

「大切なことだからもう一度聞くよ。僕の耳には、魔法が使えないって聞こえたけど」

「ああ。確かにそう言った。ロイの耳は正常だ」

「――どういうこと?」


 どういうことも何も。二人が気づいているとばかり思っていたルークは、ばつがわるそうに口を開いた。


「俺が昨日、リヴェール姉妹を相手に追いかけっこしてたのは知っているな」


 ロイドが無表情でうなずく。「またなの?」フランチェスカは呟いた。


「あれが終わったのが深夜。それから一時間ほど気絶させられていた……らしいが、目が覚めてからはまだ半日と経ってない」

「それってつまり」

「ああ。魔力は夜のうちに使い果たしたきりだ。体力は戻ったけど、魔力の回復は時間をかけなきゃどうにもならない」


 ――。


「ど、どーするのよ!?」

『ど、どーするのよ!?』


 急に慌てふためくフランチェスカ。と、繰り返したのはその魔獣スカイローゼだった。普段ならそのまま鳥の躾に入る場面ではあった。だがそんな余裕すらもなくなったらしい。


 フランチェスカはルークの肩を掴んで、脳が揺れるほどゆさぶった。


 うぉぉ……世界が回る。ルークは目を回しながら「落ち着け」と繰り返したが間違いなく聞こえていない。


「魔力なしでどう魔獣に立ち向かう気なの!」

「立ち向かうって言っても虫捕り……」

「魔獣狩りは魔獣狩りでしょ!? そりゃあ多少は道具でなんとかなるわよ。でも数を競うのに、チームの一人が魔法を使えなかったら不利でしょ? 不利すぎでしょ!

 実践試験の前日になにアホなことをしているのよっ!」

「そ、それに関してはわ、わる、わ……」

「フラン、いったんストップ。魔力どころか体力までゼロになっちゃ困るし」


 口調が乱れるほど暴走する少女をロイドがたしなめる。フランチェスカは息を荒くしたままだったが、とりあえずは指示に従い、ルークの肩を掴む手を放した。


「けほ。サンキュ、ロイ」

「いいや。けど弱ったねえ」


 礼を言うルークにも、ロイドは浮かない顔だった。平静にしているのはルークだけ。そんなにまずかった? という風の友人に、ロイドは現状を語った。


「魔虫……ことさら臆病なタイプは見つける時点でけっこう難しい。だから見つけたときに、どれだけ逃がさず確実に捉えられるかが、この試験で結果を出す鍵だと思うんだ。

 その確実性を上げられるのがルークの身体強化。あの魔法を使えば、虫よりぜんぜん鋭く動けるし高く跳べるからね。けどそれがないんじゃ、どうしたって取り逃がすことが増えるはず。そこで他のチームと差がついてしまう」

「まあ、確かに」


 ルークが頷く。ルークの魔法は継続する時間にもよるが、瞬発的に発動させるだけならばその身体能力を何倍にも向上させることができる。その動きは魔法なしの時とは比べるまでもない。


「だったらその分、虫をたくさん見つけたらいいんじゃないのか。捕獲率の低さは発見数の多さで補える」

「探索型の魔法を使える人がいるなら、それもいいんだけどね」

「いやロイ。そこは魔法とかじゃなくて、普通に」


 肩をすくめるロイドから離れて、ルークは周囲の木を見渡した。乱立する木々。広葉樹と針葉樹が混ざって群生している。


 ルークは手近な針葉樹の幹をぐるりと一周した。ルークたちの背よりやや高い位置にある穴を見つめた。「なにをしようとしているの?」尋ねるフランチェスカに、ルークは口へ指を立てて返した。静かに、の合図。


 それからルークは穴の下部を拳で叩いた。ノックするみたいに、コンコン、と。すると穴から白い影が飛び出した。


 一瞬だけ顔を出したそれは芋虫の頭部だった。


 !? 眼を見開く友人たちをしり目に、一人平然とした顔で腕を振るルーク。芋虫は高速で飛び出すと、すんでのところでルークの手をすり抜け、別の木に空いた穴へと飛び込んだ。


「――逃がしたか。でもとりあえず、一匹ぶんの居場所がわかったな」


「嘘……」声を漏らしたのはフランチェスカだった。探し始めてからわずか数十秒。ルークは早くも、確信を持って獲物の居場所を突き止めたのだ。


「俺、虫とか探すの得意なんだ。見つけるだけなら探索魔法なんて必要ない。今のは取り逃がしてしまったけど、ロイの“眼”を使えば確実にいけるだろ?」

「――意外な特技だ」


 幼馴染の自分でさえ知らなかった特技を見せられ、目を丸くするロイド。しかし薄く笑った。ルークの魔法が使えないのは手痛い計算外。しかしそれを上回るサプライズ・プレゼントを受け取った気分だった。


「計画は変更だね。僕とフランチェスカが実働部隊につく。ルークは標的をばんばん見つけて、僕たちに伝えてほしい」


 了解! ルークとフランチェスカの声が重なる。

 実践試験“虫捕り”。作戦を固め、チームAの面々は森へと侵入した。



 試験開始から三十分。制限時間までは半分の時間を残していたが、生徒たちの多くは疲労の色を隠せなかった。


「全っ然見つからねえ! ほんとに虫なんているのかよこの森っ!」

「いるにはいるみたいだけど……いまだにこれだけって」


 チームCの少年三人組は渋い顔で虫かごの中へ目をやった。捕獲数、現在二種類。見つけた数もまだ三匹に留まっていた。


「どうだ? 成果のほどは」


 ため息をつく少年たちの前に、様子を見て回っていたカレットが姿を見せた。「あ、カレット先生!」辟易していた様子の三人は、現金なほど表情を明るくして駆け寄った。


「もうぜんぜんダメっす」少年は明るく元気に答えた。カレットが「自慢げに言うな」とおでこを小突く。「いてー」そう言いながらも少年は嬉しそうだった。


「まだ時間はある。虫の動きにも少しずつ慣れてくるだろう。最後まであきらめてはいけないぞ」

「はい。でもちょっときついっすね、これ。もっとこう、森には虫がうじゃうじゃいるイメージだったのになぁ」


 うじゃうじゃいるには、いる。見つけられないだけで。可愛らしい言い訳に、カレットは柔らかく微笑んだ。


「他のチームはどんな感じなんですか?」

「どこも苦労をしているようだな。三匹捕まえられただけでも大したものだ。まだ一匹も捕まえられていないチームだってあるのだぞ」

「え? まじか。とれてる方じゃん俺ら! よっしゃ! 気合入れ直していこうぜ!」


 現金な面々の集ったチームCの少年たちが声を上げる。「君たちのそういうところ、先生は好きだな」カレットが言うと、さらにボルテージを上げてチームCは木々の間を駆けていった。


 ――さて。気勢を取り戻した少年たちの背中を見送り、カレットは樹上へ跳んだ。


 残るはルーク・ロイド・フランチェスカが所属するチームA。彼らはどれだけの数を集めただろう。


 枝を蹴って森の奥へ。最初に捉えたのはチームAの仕切り役とも呼ぶべき少年、ロイドの姿だった。


 木の皮に隠れて蜜を吸う虫に音もなく近寄り、剣を振りかぶる。そして標的のいる周辺の皮ごと一気にはぎ取った。驚いて跳ねる虫を、剣と逆の手で捉える。鮮やかな手際だった。


 及第点第一号、と。カレットは嬉しそうに頷いた。


「素晴らしい動きだったぞ。ロイド」


「あ、先生」ロイドは籠に虫を入れると、小さく頭を下げた。


「臆病な魔獣は自分より遥かに強い魔力を感じると、本能的にその場を離れようと動く。魔力を開放するのは捕獲の瞬間だけでいい。近づく際に魔力を抑えていたのは正解だ。


 そしていま捕えた魔虫は、危険を感じると木の幹へと潜り込もうとする。それを防ぐのに木の皮ごと切りとばすのは、大胆だが合理的な手段だな。短い時間でよく考えたものだ」


 カレットの賛辞に「ありがとうございます」と、ロイドは応じた。しかしどこかひっかかりを抱えているような雰囲気を、カレットは見逃さなかった。


「どうかしたのか?」


 訊くと、ロイドはばつが悪そうに頬を掻いた。


「今の一連の動きは全部、ルークに教わったんです」

「ルークに?」

「はい。魔力を抑えることも、木に潜り込む隙を与えないことも。とにかく一度、先生も見てください。――あいつ尋常じゃないですよ」

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