第6話 負けるなフランチェスカ!


 ルークたちが集まったのは小川の傍に広がる森だった。


 ここが狩場、である。しかし騎士団が狩猟をおこなう場所とは別。いわば訓練場だった。木々の背丈も低く、見通しもよい。村の境界からわずか100mほども隔てていない位置にある。


「今回の試験は“虫捕り”だ」


 カレットが口火を切った。同じく訓練を見届ける教師マヤが生徒たちに虫かごを配布した。枝木を組み合わせて紐で結んだ簡素なかごだ。


「虫捕りとは銘打ったが、狩るのは別に虫でなくともかまわない。だたこのエリアに出る魔獣はほとんどが虫の系統に属している。魔力も微々たるものだ。それに臆病な種が多い。高等部の君たちが危害を加えられることもないだろう。そのぶん、見つけるのは難しいのだがな。


 チームは三人一組。決められた範囲と時間の中で捕らえた虫の数を競ってもらう。最終的に、捕獲した虫の数が最も多かったチームの優勝だ」


 生徒たちの間に小さなざわめきが生まれた。虫捕りは訓練でもあまりやったことがなかった。この日に来た狩場では初めてだ。


 試験は大きく二種類の性質に分けられる。授業でやったことのある内容を確認する性質の試験。もうひとつは、不慣れなシチュエーションでの応用力を見る試験。今日の試験は後者の色がやや強い。カレットの説明を受けながらルークはそんな風に捉えた。


 簡潔に説明を受け、生徒たちはチームに分かれた。作戦タイムである。ルークの所属するチームAも森の入り口へと集まっていた。


「さて、まずは全員の魔法を確認しなきゃだね」


 集団行動の際にはいつもそうするように、ロイドが言った。魔法は狩猟に欠かせない技術である。これを共通理解できてなければ連携のとりようもない。


「僕の魔法は1秒先までの未来を見る力。調子によって伸びたり短くなったりするけど、基本はそのくらいの時間だと思ってくれていい。

 それでルークの魔法は身体の強化。フランの魔法は自分の魔獣――スカイローゼを使役する力だね」


 ロイドの言葉に、ルークとフランチェスカは頷いた。


「ルークの力はシンプルだし、だいたい分かってる。謎なのはフラン。君の魔獣がどこまでの命令を聞けるかってことなんだけど」


 フランチェスカの肩で羽根を休めていた鳥獣、スカイローゼに注目が集まる。我関せず、といった様子で小鳥は青い羽根をつくろっていた。


 魔獣というからには魔力を持っているわけだが、いったいどんな力を持つのか。

 この魔獣、まだ飼い主のバストサイズを喋るという芸当しか披露をしていない。


「もちろん、いろいろなことができるわ。名誉挽回のチャンスよ! スカイローゼ!」

「きしゃー!」


 それを具体的に見せてくれると助かるのだが。ルークとロイドの思いが重なった。それを悟ったわけではないだろうが「ご覧なさい!」フランチェスカはスカイローゼを手の甲にのせた。


「スカイローゼ! あなたの覚えた知識を、披露するのよ!」

『このたいりくは、まじゅうのりょういきと、それいがいのりょういきから、なりたっている』


 おお! 喋った! それも単語ではなく文章を。男子二人が感嘆の息を漏らす。その顔を見たフランチェスカも満足げだ。


『まじゅうは、ひじゅうせきに、ちょくせつさわっては、いけない』

「うんうん♪」

『ままー、きょうのごはん、なにー?』

「――!?」

『えー? さかなー? わたし、さかなきらいー』

「ちょ、ちょっとスカイローゼッ!」


 フランチェスカの手によって嘴にロックがかけられる。ふぎゅ、と一言を残して、お喋り鳥獣の暴露はようやく静止した。


「……」

「……こ、こういう日もあるわ!」


 どういう日だ。なんというか、ルークとロイドはかける言葉がみつけられなかった。


「うぅ……私、この子が怖くなってきた。いつか私のプライバシーが、この子の翼と一緒に飛んで行ってしまうんじゃないかって」

「きしゃー!」


 まあ、頑張れフランチェスカ。負けるなフランチェスカ。仲間たちは無言のエールを送った。


 ――いや、でも。再びスカイローゼに向けられたルークの目の色は少し変わっていた。


 この鳥獣はかなり賢い。そんな印象を持った。聞いた文章をそのまま話す力は伝達に使えるし、簡単な内容なら質問にだって答えることができる。


 使いこなせていないのは使役者の未熟ゆえ……なのだが、これだけ知識を仕込まれているのは、ひとえにフランチェスカが重ねた努力の賜物だ。


 この訓練でも活躍の場はあるかもしれない。ロイドも似たようなことを考えたのだろう。フランチェスカの失敗を茶化すようなまねはしなかった。


「まあ、スカイローゼの力も使える場面で使っていこう」


 フォローでも何でもなく、ロイドは言い切った。


「とにかく基本方針は、考えるまでもなさそうだ。僕が軌道を捕捉して、身体を強化したルークが瞬時に捉える。フランとスカイローゼはそのフォローに入ってもらう。これで充分でしょ」

「ひとつ問題がある」


 手を挙げたのはルークだった。「どうかしたの?」フランチェスカの問いに、ルークはさらりと答えた。


「俺はいま魔法が全く使えない」


 空気と仲間の顔が凍りついたのは、ほぼ同じタイミングだった。

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