第4話 人類の領域

 ルークたちの所属する“高等部”では、主に7つの内容を学ぶ。


 魔獣。魔法。狩猟。地理。言語。計算。教養。


 午前中の最後は地理の授業だった。好きな生徒にとってはとても興味をそそられる教科。反面、苦手な生徒にとっては眠くなる教科のひとつだ。まあ、それはどの教科でも言えることかもしれない。


 それにしたってルーク少年の反応は極端だった。


 目を輝かせ、机から身を乗り出して教師の話に耳を傾けていた。石を加工したボードに書かれた文字も熱心にノートへ書き写している。


「この世界は人類の領域と、それ以外の領域から成り立っています」


 ルークたちの担任を務める教師マヤは、いつものように地理学の基礎である一文から授業に入った。


「大陸の各地に点在する“避獣石”。魔獣の寄りつけないその周辺こそが、我々人類が暮らすことを許された領域です。

 この村にもあるのは皆さんも幼いころから知っての通り。大きさはいくつですか? ルーク」


「はい! 約4.5立方メートルです!」

「正解です。では魔獣を避ける効果の及ぶ領域――つまりは村の領域は、避獣石のある場所からどれだけの距離でしょう? フランチェスカ」

「はい。避獣石を中心とした、半径約450mです」

「そうですね。では避獣石の大きさと、その有効半径について確認しましょう」


 さらさらと数式が書かれてゆく。計算は得意でないルークだが、人が変わったように熱心だった。


「数式に当てはめるとわかりますね。避獣石は大きければ大きいほど、効果の及ぶ範囲は広く、そして強い。逆に小さな避獣石には虫よけほどの効果も範囲もありません。


 つまりは大きな避獣石の傍ほど、私たち人類は大きなコミュニティを形成できるということです。


 わが村出身の偉大な冒険家“グランデ=エイル”。彼の記録によると、確認されている最も大きな避獣石は約18立方メートル。避獣の範囲は半径約1800m。この村より110kmほど北部にあるとされています。


 その周辺には王国が建設され、様々な産業が営まれています。村に王の騎士団が来たこともあるので、知っている人もいますね」


 王の騎士団。その単語は、眠りに落ちかけた生徒の全員を現実の世界に引き戻した。


 それは多くの子供にとって憧れの存在だった。


 魔獣の領域を渡り歩き、新たな避獣石を探ることが主な任務。その途中で、周辺の村々に文化や技術を伝えることも積極的に行っている。


 3年ほど前に村へ来たときも、たくさんの珍しい物資を村にもたらした。最新の農具や狩猟具が普及し、暮らしもずいぶん楽になったと大人たちも喜んでいた。そんな光景をルークは記憶していた。


「騎士団に入ることはもちろん、王国へ行くことすらも容易いことではありません。しかし王国へたどり着くだけの実力が、王の騎士団に入る最低限の資格といわれています。


 皆も成人の日を迎えて、村の外へ出る資格を得たならいつか挑んでみるのもよいでしょう。もちろん魔法と狩猟の基礎を極めた上で、のことですよ」


 王の騎士団に入るための条件……メモメモ。ルークは瞬きも忘れるくらい、忙しく筆を走らせていた。隣の委員長、フランチェスカに負けず劣らずの熱心さだ。


 ――そんな二人の姿を、ロイドは後ろの席からぼんやり眺めていた。


 さすがに熱心だね。あの二人は。


 地理の時間になるたび、ロイドはそんなことを思うのだった。


 長く悪友をやっているロイドは、ルークが地理に熱心な理由を知っている。その理由が、彼の夢につながることも知っている。


『地図を完成させたいんだ』


 流れ星の群れを二人で見た夜。今よりもっと幼いころのルークは、ロイドに夢を語った。


『王の騎士団とグランデ=エイルの調査で、大陸の地図は南半分が完成しているって、学校で習ったよな』

『あー……そうだっけ』

『それでもまだ半分なんだ。おれは大人になったら王の騎士団に入って、外の世界を隅から隅まで調べに行きたいんだ』


 嬉々として幼いルークは語ったのだった。


 ちなみに『ロイの夢はなんなの?』との問いに、幼いロイドは正直に応じた。『世界中の美女と出会うことさ!』と。


 あの時のルークの冷めた顔といったら――余談だが、ロイドは幼いころの失言を今でも忘れられずにいる。年齢が一桁の頃から彼はそんな感じだった。


(ルークもあの頃からなんも変わらないね)


 いや、もしかしたら彼の血がそうさせるのかもしれない。最近になって、ロイドはそんな風にも思うようになった。


 大陸を調べ歩いた偉大な冒険家。グランデ=エイル。


 友人、ルーク=エイルがその息子であることを知ったのが大きなきっかけだった。


 外の世界への興味が尽きないのも、冒険家の血が影響しているんじゃないだろうか。育ちや生まれなど関係ない。そう信じるロイドにさえそう思わせるくらい、ルークの夢はぶれなかった。


 ちなみにロイドの夢もぶれてはいない。が、ルークの前では言わないようにした。彼もいちおうは成長しているのだった。


(フランの方はたいがい真面目だけど、特に熱心なのは避獣石に関する話が出たからだろうね)


 魔獣遣いのフランチェスカにとって、避獣石は研究を避けては通れない物質だ。


『人間は避獣石の周りで暮らすしかない以上、魔獣を飼うなんて無理なんじゃ?』


 以前、ロイドがそんなことを口にした際『あなたはなにもわかっていないようね』とフランチェスカから説教を受けた。

 その説教はとにかく長かった。


① 魔獣遣いの魔力は、対象となる魔獣を避獣石の効果から守ることができる

② 魔獣遣いの魔力は、魔獣が潜在的に持つ人類への攻撃性をなくすことができる


 一時間以上にもわたる説教の中で、ロイドが記憶できたのはそれだけだった。


 他にも避獣石に魔獣をじかに触れさせてはならない……などの細かい説明もされていたが、ロイドは魔獣遣いではない。記憶の彼方に忘れ去った。


 とにもかくにも、よく行動を共にする三人ではあったが、勉強に関しては温度差があったようで。


「それではロイド。答えなさい」


 教師の問いに、ロイドは誤魔化すような笑顔を浮かべることしかできなかった。


「話は聞いていましたか」

「すみません。ぼーっとしてました」

「まったく……集中力不足は外の領域じゃ命とりになりますよ。昼からは“狩猟”の実践試験なのですから。カレット先生からもよく注意していただかないと」

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