第23話 城崎結果報告
片側四車線往復八車線の広い通りから
加奈が城崎から帰ってきたので、結希は事務所に結果を伺いに行った。
インタホン越しに事務員の木田の、どうぞと聞くと加奈ちゃんどうだった、と入った。
でも部屋を見回しても、加奈ちゃんどころか澤木も居なかった。
「あれっ彼女は?」
事務員の木田のおばさんが「下の売り上げに協力しなくっちゃ」と言って喫茶でお待ちですよと告げられた。此処は何て謂う事務所なの、と半ば呆れ気味に結希は階下の喫茶店へ入った。
澤木は事務員の木田に留守を任せて、下の喫茶で加奈とテーブル席に、書類らしき物を置いて話して居た。結希はテーブルのアイスクリームバフェットに視線が行った。暑いだろうと透かさず澤木は追加した。
お礼を言いながらも誤魔化されないわよ、と加奈の隣に座った。直ぐにアイスクリームバフェットもやって来た。此処のマスターも気が利くと言えば、娘から二つ作るように言われたらしい。一口付けると早速澤木が言うまえに、加奈が言い出した。
「結希さんから預かったあの般若の根付のお陰で亜紀さんのお相手が確定したから結希さんは実に根回しが良いのね」
「そうだ、あれは大いに役に立ったからそのセンスで結希さんもうちで働かないか」
「何言ってるのよ自分は動かないで早坂さんから情報を仕入れているくせに」
「そう云われれば参ったなあその情報だがあの旅館の二人の子供、とりわけ上の男の子だが加奈ちゃんも確認したが早坂の情報通り五歳なんだ」
「それじゃあ」
「そうなんだ柳原亜紀さんの娘さんの美咲ちゃんも同じ歳の五歳になるんだ」
「波多野ってそんなチャラチャラした男なの、それを亜紀さんは何処まで知ってるのかしら」
「結希さん、言っておきますけど波多野さんの評判は城崎では良かったですからそれは当てはまらない気がするわよ!」
「まあ二人とも聞いてくれよ、それはこれから説明するから先ずは入管の調べではこの春からの波多野健司または嶋崎健司名義での出入国はなかったそうだ」
「けど波多野健司さんは春から失踪しているの」
「じゃあ女将さんは嘘を吐いてる。どうしてなの加奈ちゃん」
二人とも既にアイスクリームバフェットの山に手を付けていた。その食い意地を澤木は苦々しく眺めていた。
「まず整理しよう、柳原亜紀の交際相手が波多野健司なら美咲ちゃんと嶋崎の五歳の息子だがこれはどうなってんだ二人とも波多野の子供なんか。今の処で二人を繋ぐのは般若の根付だけだそして加奈ちゃんの調査では嶋崎旅館の二人の子供は間違いなく波多野の子供だそれで柳原亜紀さんの美咲ちゃんだが父親は間違いなく波多野なのかだが……」
そこで澤木は出し惜しむようにして一枚の報告書を出した。美咲ちゃんの出生届だが父親は空欄になっているが生年月日は判った。
「美咲ちゃんと嶋崎の子とは同じ五歳でも半年ほど違った。もし波多野の子なら美咲ちゃんは腹違いの妹になるだろう」
それが一体何を意味しているかは、問わずとも誰もが理解した。
「これが亜紀さんの五年待つと云う意味だと解釈しても構わないのではないか……」
「所長、推論は良くないでしょう」
「そうだ此の裏付けを取るのが我々の仕事だ、だがなあ愛が絡むと推論の域を出ないだろう」
「早坂さんばかりに任せていれば埒があかないでしょう」
「いやあいつはもう取っ掛かってる」
「それで何処まで調べてるの?」
「波多野の居場所を追っている」
「でも亜紀さんの居場所は知らないはずだけどまさか所長は教えたのですかあの秘境を」
澤木はさっきの書類をかざした。
「此の情報と引き替えたもう仁科さんの息子の依頼は立ち消えたから文句はないだろう」
仁科亮介はあのユートピアを離れて自宅に戻っていた。
「処で亜紀さんはまだあそこに居るの?」
「ああ早坂があの秘境の渓谷で釣り人になって、あの昔の海軍の保養施設へ通じる道路近くに車を駐めて寝起きして張り付いてる。地元では熱心な釣りフアンらしい勿論移動スーパーの浅井裕子さんには口止めしている処があいつらしいが俺なら上手く利用するがなあ」
柳原亜紀は美咲のために、まだそこに留まっていた。
「それは無理よ裕子さんもごてるとてこでも動かないわよ。それよりそこには波多野健司は来ないでしょう」
「多分な、だから向こうから連絡が来るだろうそうなれば亜紀さんは動く」
「じゃあその美咲ちゃんって言う子も連れて行くの」
「やっとお父さんに会えるかも知れないんだ」
「はたして波多野は連絡するだろうか」
「それより不思議なのは女将さんはどうして夫が外国に居るって嘘をつくの、どうしてサッサと行方不明者として捜索願いを警察に出さなかったの。それとも夫から失踪は事前に知らされていて何か……」
「夫婦だけの密約か、それもアリだろう」
「じゃあ女将さんは旦那さんの居場所を知ってるの」
「牧場主が消えた羊飼いの行方なんか知るわけがないだろう」
「それは女将さんの事ですか」結希が訊いた。
「ハッキリ言えば嶋崎旅館そのものでしょう、お父さんは旅館を盛り返してくれると波多野さんに期待して娘さんもそれに賭けたんでしょう。でも此の時点で、上の男の子と美咲ちゃんの年の差を感じると。恐らく波多野さんは亜紀さんに心が、いや愛が傾いていたんではないだろうか。女将さんのお腹もそろそろ目立つから茉莉ちゃんの話では、旅館の内輪だけで祝言を挙げたそうでした。もう戻れない愛を二人はどうするんだろう」
加奈は元の鞘には収まらないと言いたげだが。
「ねえ加奈ちゃん、女将さんは亜紀さんの存在を知って居たの?」
「いくら何でもそんな事を女将さんには聴けませんよ」
「まさか、かー、じゃあその茉利ちゃんって云う子の話なの」
「おう、そうよ、茉利ちゃんは可愛がられてるんだよ社長に、その社長さんから籍は入れてないから波多野だと言われたそうだなあ加奈ちゃん」
それ本当? と澤木の言葉に、結希は加奈に念を押した。加奈は頷いた。
「あたしがどうして半年も外国へ内密の旅行してるんだろかって聞いた時に茉利ちゃん、ポロッと溢したの、彼女はこれ内緒だよって念を押されたから女将さんには聞ける訳ないじゃん」
ーー恒例のボーリング大会のあと優勝したうちの組だけ社長はお祝いをした。その帰り社長はいつもより飲み過ぎて、タクシーで茉利ちゃんが旅館まで送った。その時にそっと言われたそうだ。籍を入れない理由を『これが妻との約束なんだ。だから誰も知らないのは当然だろう妻との密約だが愛が失われればそんな物に何の効力も無い、しかも跡継ぎも出来れば尚更だ。その妻が否定すれば誰がそんな約束事を信じると言うのだ』つまり旅館は継げない、その為にちゃんと跡取りも居るだろうって。でもこれは誰にも言うなって。だが俺が去った後どう噂されるか知れたもんじゃ無い、一人ぐらいは真実を知ってもらいたいらしい。『そもそも神に言わせれば愛って二人の
「そう云う事だ。だから女将からは情報は得られんだろう。こんな場合は早坂のテクニックが一番上手く行くからなあ、奴が羨ましい限りだなあ」
「女将さんだけでなく、亜紀さんも正攻法では無理でしょうね」
と結希は悟っていた。
「早坂の様に情に訴えろって言うこっちゃ、その早坂は今は亜紀さんに張り付いてる。
と半ばやけくそ気味に澤木が言った。
これは澤木自ら調査対象者に対する説得能力の欠如を告白しているようなものだった。澤木の冷めた説明と彼女らの白熱したせいか、今日のアイスクリームバフェットは解けるのが早かった。と結希と加奈は澤木にぼやいていた。
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