第22話 城崎2
朝の朝食は一階の大広間の端にみんな一カ所に集まって食べていた。冬になると此の広間が一杯になるらしい。今は女将さん一人だけれど、十人ほどの仲居さんが動き回ってるらしい。
今朝の出掛けには、女将さんから水着と浮き輪を持たされて、ビーチサンダルと麦わら帽子も用意してくれた。それどころかお昼のおにぎりまで二人分渡された。此の格好は此の古風な温泉街では余り似合わなかった。やはり浴衣だが、それは海水浴には合わない。
昨日着いた城崎温泉駅には、既に
竹野駅は一駅だけれど四キロも有ったから、ちょっとした旅行気分だった。着いた駅から十分ほど歩いて竹野浜に着いた。
早速ピーチパラソルとビニール製のゴザを借りることにした。店のあんちゃんが、女の子は立てるのが大変だから、と付いて来てくれた。場所を指定すると、早速砂を掘って立ててくれた。こりゃあ抜くのが大変だと言えば、帰るときにすぼめてくれれば、俺が持って帰るなんて。凄い優しいお兄さんだと二人は感謝した。早速そこに荷物を置いて水辺へ行った。
久美浜は知らないが、此処も長い砂浜と透明な水で、マリンブルーがとても綺麗だ。神戸や和歌山の海なんかより遙かに澄んでいた。
「日本海側って冬の荒い海ばかりニュースで流れるから知らなかった」
「これだから関西の人は認識不足で困るんだなあ」
二人は水際で浮き輪を持って水を掛けっこして、先に茉莉が飛び込むと加奈も後を追って泳ぎだした。透明すぎて足元がよく見えた。だがブイが有る所までは、水深が浅くて浮き輪は要らなかった。でも水の上でお尻を乗せて休むには丁度良かった。それで一時間ぐらいで海から上がって休憩した。
「都会ではプールで泳ぐけど茉利ちゃんはいつも夏は此処で泳いでるんだ」
「だって見ても判るけど海は綺麗で空いてるもん。だから此処はいいでしょうだからもっと関西に紹介して欲しいのよ。城崎は温泉だけじゃあないのよ豊岡にはコウノトリの繁殖センターもあってどんどん野生に戻してるから自然に見られるよ」
「コウノトリか、幸せを運んで来てくれるかなあ」
「その前に相手がいるよねまだ彼氏はむりかー」
「彼氏より、昨日の話だと女将さんは恋愛じゃないよねだって相手は関西の人じゃん」
「どうして知ってるの」
「それぐらいは事前に調べるわよでも人柄とか経営能力は実際に行って会わないと判らないでしょう」
「それが旅行会社からの仕事なんか」
「そう、そこで波多野さんだけど本当にヨーロッパへ視察に行ってるの」
「女将さんはそう言ってるけど行く前はそんな雰囲気はなかった。だってあたし達には一切そんな話処か気配も無かった。まさか敵を欺くには身内からって、いや味方か、そんな大層なもんじゃ無いでしょうけどね」
「目を掛けてくれた茉利ちゃんでさえそうなんだ」
「社長は黙って行く人じゃ無い。だからきっとゆうに言えぬ訳があったとしか思えない」
「別にそんな大層な事なんかなあヨーロッパなんて経営者ぐらいなら行っても
加奈は女将さんが用意してくれた二人分のお握りを「泳いだらお腹が減るでしょう」と差し出した。二人は海水浴場の売店で買ったペットボトルのお茶を持って食べ出した。
「中の具は残り物って言ってたけど結構色んなものが入ってて美味しいね」
「残り物じゃないよ女将さんはきっと別に用意した具材で握ってくれたと思う」
「そうかそれ位の気遣いが出来ないと旅館の女将さんは務まらないもんね」
茉利は加奈のさり気ない飾り物に目を留めた。
「さっきから気になったけどその小物入れに付いてるキーホルダーでない紐の先に付いてるアクセサリー、変わってるわね」
「ああこれか、魔除けのお守りにしてる」
「成るほどそんな感じ、で、何処で買ったの?」
この木彫りの般若の
「根付って云うのそのアクセサリー」
「そうだよ今のキーホルダーみたいな紐で江戸時代から有るらしいの」
ちょっと見せて、と茉利は手に取って観た。
「これと全く同じ物を社長が持ってたよ。どうして加奈ちゃんも持ってるの、それって偶然なの」
「波多野さんが! これと同じ物を持ってる。それを茉利ちゃんはどうして知ってるの」
やはり同じ物を柳原亜紀と波多野が持っていたのだ。そして柳原亜紀の般若の裏にはイニシャルが彫ってあった。結希さんは失踪先のユートピアで美咲ちゃんが肩から提げていたポシェットに付けてあったのをさりげなく見付けた。女の子が持つには珍しく、それに見慣れた物より大きくて、五センチぐらい有った。それで亜紀さんに、美咲ちゃんのお父さんを尋ねると良い顔をしなかった。それから亜紀さんは般若の根付を片付けてしまった。
ありふれた般若だが、作りがありふれていなかったから、結希は素早く反応した。もしかして亜紀が奈良出身だからと、奈良の般若寺の古びた土産物屋で、これと同じ手彫りの根付を見付けた。これは値段が高すぎて売れないから、もう作ってないらしい。
『観て貰えば判りますが小さい割には実に精巧に能面と変わらないように彫ってあるんですよ』と言われ、手彫りだけに値段は妥当と思えた。種類も多い似た樹脂製が十分の一で売られていれば売れないはずだ。だからこれが最後の売れ残り品だというのを手に入れた。美咲ちゃんの般若にはイニシャルが裏に彫ってあった。何でも五年前に若い男女に頼まれて、それぞれの裏にお互いのイニシャルKとAを記念にふたつ彫ったそうだ。
「でもこれは裏には何も彫ってないのね」
と茉利は不思議そうに裏を確認して返した。
「頼んだら記念に彫ってくれたけどね」
と加奈は受け取ると直ぐに仕舞った。
「そこのお土産屋さんで買ったなら彫ってくれるのか。じゃあ社長はそこで頼んで彫って貰ったのかしら」
「結構する料金だからそれぐらいはしてくれるだろう。で、社長の物にはなんて彫ってあったの?」
「イニシャルのKとAだけどKは社長だけどAは女将さんじゃ無いから一体、誰なのか社長は教えてくれなかった」
多分、亜紀さんで間違いないだろう。
「茉利ちゃん、社長の下の名前ってなんて云うの」
「
波多野健司か、それでKなんか。これで此のふたりの結び付きは確定した。あと問題なのは波多野さんの居所。一体何処に居るんだろう。
「波多野さんっていつ頃帰って来るの?」
「女将さんは心配ないからその内に帰って来るって言ってたけど……」
「今までにそんなに家を空けることはあったの?」
「無かった。今回が初めてだからみんなは言わないけれど誰もが内心は穏やかじゃあないと思う」
「そんじゃあ半年前に何か有ったの?」
「ううん、いつもと変わらなかった。まああたし達はバイトだからそんなに深く立ち入れる立場じゃないけれどね」
「案外まだ国内に居るんじゃないのかなあ。まああたしは全く本人を知らないだけでそう言えるのかも知れないけれど」
「確かに斬新な意見だけど……、でもここ半年前から連絡が取れないらしいの」
「じゃあ女将さんは半年前からご主人の消息をご存じないの?」
「あたしはバイトだから家の内状はそこまで解らないけどね。でも女将さんは気丈に振る舞ってるけど……、そこはどうなんだろうね」
この現状を半年も隠し通せるとすれば、此の旅館の夫婦は相当に親密なんだ。でもその逆なら相当冷え込んでるのか……。
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