第19話 深雪加奈調査員
澤木興信所階下の喫茶店に居るオーナー夫妻の一人娘、加奈は今度はホテルへやって来た。
ホテルにはそれぞれの宴会を仕切るチーフと男女のスタッフがいる。そこは喫茶店の娘、規模こそ違え、大して変わらないからそつなく熟した。その合間に其れとなく以前、此のホテルに居た柳原亜紀さんの事を目立たないように聞き回った。そこで此のホテルには柳原亜紀さんを知る人はいた。柳原祐一の言う波多野もベテランらしく、知る人はかなり多く居た。二人は余程上手く交際していたのか、此の二人の関係を知る人はまだ見つからない。でもそんな古い話では無い五、六年前の出来事だから、当時を知る人はまだ居るはずだ。その当時は高卒新人の、柳原亜紀さんには恋どころでは無いが、ベテランの波多野には既に彼女が居たようだ。
此のホテルの土日祝日の婚礼披露宴は、稼ぎ頭で接客にも熱が入る。なんせフルコースの料理は新郎新婦に合わせて、出席者全員にしかも一斉に出して行く。しかも全員の食事ペースにも気を遣い、二時間ほどで纏める。田舎の披露宴のようにダラダラといつまでもやってるわけには行かない。祝辞の為に駆けつけた、著名人の中途退場を避ける為にも、時間に追われる。会場の裏では所狭しと次の料理が並べられて、宴会チーフが高砂席へ出すタイミングをみんなは待ってる。会場の袖に待機してオーケストラの指揮者のタクトの様に振り下ろされると、各テーブルにみんな一斉に料理を出す。これが最後のデザートと珈琲まで二時間で満足のいくように仕上げる。此の宴会を昼間二つ、多ければ夕方からもう一つ入る。ここまで引っ張れるベテランの女の子が佐知だった。特に彼女は波多野の顔色一つで次に何をするか
しかしあれから五年以上も経って居れば職場も変わっていた。佐知も重労働の婚礼宴会よりも、新たな宴会のイベントを立案する企画に回っていた。だから接触する機会が限定され、その女に警戒されずに、自然に近づけるタイミングを加奈は図っていた。佐知は今では忙しい時だけヘルプで婚礼宴会に入っていた。その佐知が久し振りに加奈が受け持つ婚礼宴会にヘルプでやって来た。
加奈は佐知の気を惹くためにわざとへまをやらかす。こうすると後で膝を合わせて二人きりで話せるチャンスがあるからだ。なんせ調査員には時間が無い。無駄な超過勤務は報酬には反映されない。明日の無い世界では、少々荒っぽい手を使うしか無い。
案の定、加奈は佐知に呼ばれた。
「あなたまだ入って日が浅いのにいつもそつなくやっているのにどうしてあたしの時にはミスをするのよなんか言いたいことでもあるの」
「有りま〜すっ、でもここじゃあ言えませんから仕事が終わってからゆっくりお時間頂けませんか」
「あなたがそれで納得して明日から頑張ってくれればね」
「先輩頑張りま〜す」
「あのねここは会社なのよ上司と部下ですからそのつもりで話を聞きますから良いですね」
「は〜いっ」
「その言い方何とかならないの他の人なら馬鹿にしてると怒鳴られますよ」
「は〜いっ」
佐知は頭が痛い。もうこいつは偉いさんのコネで無ければぶっ飛ばしてる処なのに。
仕事明けでも夏はまだ陽が高いうちに、心斎橋近辺の喫茶店で二人は合流した。先に来たのは加奈の方だ、と言ってもタッチの差だった。この辺りは抜け目が無かった。
お陰で殊勝な心掛けね、と少しは気を良くさせた。しめしめとほくそ笑んで加奈は適当にボソボソと切り出した。
「ハッキリ言いなさい。不満は何なのあたしなの。でもあなたとは
「ううん不満は無いよ」
「じゃあ何なのじれったい子ね」
「じゃあ言いま〜すっ佐知先輩は柳原亜紀さんとは同期で一緒に仕事をしていたとか」
「それといい加減な仕事とどう関係してるの」
「大ありで〜すっ卒業した学校の恩師に此のホテルの就職を報告したら教え子だった柳原亜紀はどうしてると聞かれて」
「じゃああんたも奈良県の出なの?」
「そうで〜すっ」
「その先生に報告するほどの物はないわよ」
「でも柳原亜紀さんは以前此のホテルに居た波多野チーフとは良いコンビだったとか、そのチーフからサブを任されて居たのが一番チームワークが良かった佐知さんだから彼女に聞けばって言われて」
「誰が言ったか知らないけれどそれはいっときの話で柳原は直ぐに他の宴会担当のチーフに鞍替えしちゃったそうよ」
「でも佐知さんは波多野さんがチーフを任された宴会にはいつも入ってくれないかと頼まれたとか……」
「あんたどっちを知りたいの」
「せっかく恩師の先生に頼まれたモンですから出来るだけ詳しく報告したいんですけれど」
「せっかくだけどどっちももうだいぶ前に辞めた人だから」
「一緒に辞めたんですか!」
「もうびっくりするじゃ無いのそんなに関心を引くことかしら。でも一緒じゃあ無いわよただ有志の送別会を波多野は断ったけれどねそれだけだから明日からしっかり仕事をしてよ」
そう言い残して佐知は行って仕舞った。トホホと加奈は御堂筋に出ると、急に後から声を掛けられた。それは同じ宴会担当だけど、一番冴えない女の子だった。冴えないはずだ。どうやらさっきの喫茶店で、彼から待ちぼうけを食らわされたらしい。それを慰めようとすれば案外ケロッとしていた。それもそのはず、さっきの話を聞かれていた。だからホテルの近くの喫茶店で
「あたいは目立たない存在だけどお陰でみんなの弱みを知ってるからねぇ」
ゲ! 此処にも早坂に似た奴がいた。
あんたは先生の依頼で無く、別な人の依頼でしょう、とスッパ抜かれ、否定すると。
「あたいは亜紀と一番仲が良かったから知ってるけどじゃあ亜紀の居た学校名を言えるの」
と来た。彼女は言いふらす女では無い。だからみんな安心して彼女が居ても平気で愚痴を溢していた。その彼女に探りを入れたら
彼女はあのホテルでは、一番目立たない存在が幸いして、どうやら恋するあの二人のシークレットの伝言番だった。それでもう時効だから教えて上げると言い寄って来た。その代わり美味しい物が食べたい、と近くのレストランで夕食を奢らされた。
彼女の話では柳原亜紀と波多野は恋に落ちた。直ぐに非常線を張って、誰にも見つからないように、仲の良いあたしを利用した。
二人のシークレットラブとは なんせ相手の波多野には既に結納まで済ませた相手が居たからだ。これを破談にするために、相手に渡した結納金の倍返しの為に、柳原亜紀はスナックへ勤めた。
一方の波多野は破談にしないで、亜紀の稼ぐ返納金を待たずに、そのまま結納相手と結婚してしまった。
「まあ何て云う事をそれじゃあ裏切られたの」
「それがそうでもないのよ此処に複雑な恋の駆け引きがあったのよなんせ波多野さんのお相手は小さいなりにも一国一城の
「どう云うこと」
「君を知るのが遅すぎた、と波多野にそう云われて亜紀さんはぐっときちゃったわけ」
「でも彼はその結納を交わした相手と結婚したんでしょう」
「ウンでも五年、五年待ってくれって言われたのよ」
「当てはあるの亜紀さんを連れ戻す」
「その先は当人以外は誰も知らないから。その複雑な恋の駆け引きを調べるのがあんたの仕事でしょう」
なんちゃって、言われちゃった。その結婚した相手から聞けってことか。
相手は
取り敢えず城崎へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます