第2話 逃亡2
肝心な時にお金をはずまない、此のひと言が祖父の息子、
仁科亮介は、息子を甘やかしては来なかったつもりだが、鍛えるつもりも無かった。ただ自由奔放に育つ中で、何かを見付けてくれればそれで本望だった。祖父自身が自由な中で身に付けたからだ。だが感覚は教えるもので無く、観て奪い取るものだった。嘆かわしい事に、自由奔放に育てた息子に、その気概は無かった。息子は人生に於ける大事な価値観の見極めが乏しいかった。それが実社会に於ける投資能力にも大きく作用したらしい。
傷は早めに風に晒すように、投資には見極めが大きく作用する。それは過去の人生経験にもよるが、エスカレーター式で卒業した息子に、それを問うのは無理かも知れないが、気概があれば乗り越えられた。息子に与えた自由の精神は、その気概を奪い去った。それでも父の後を追うように、いっぱしの投資家を気取ったが、実力と望みとに差が大きすぎた。
「それが結希ちゃんのお父さんなの」
結希は美咲と同等に呼ばれてムッとして、そうよ! とふて腐れた。透かさず美咲が「ママー、お姉ちゃん、怒ってるみたい」
「そんなことないわよこの人はこう言う人なのよ」
言われて結希は、更にムッときたが、おくびにも出さずに引き摺るような、笑いを浮かべ続けた。
ーー祖父は常に投資を繰り返して、財力に余裕が出来るまでは大きな投資を避け、実にシビアに経営していた。それは贅沢を戒めるように身内にも徹底していた。身内も社員も、社長の投資能力には一目置いて信頼を勝ち得ていた。祖父、独りで稼いだと言っても過言でない。にもかかわらずみんなは狙っていた。
結希の話だと、祖父は投資家として成功して、そのノウハウを息子に任せた。だが息子にその才能がなかった。彼は親の資産を潰す方に廻るばかりで、祖父は業を煮やした。仁科は完全に手を引いて隠居を始めた。息子はバックを失って利益は少ないが、確実な投資先ばかりに投資して何とか回復して来た。その矢先に、これはと眼をつけたベンチャー企業に投資したが、これが失敗して親の仁科亮介に泣き付いてきた。だが仁科はもう一切関わりを避けて、冷たく突き放した。そこでなり振り構わず、親の資産をなんとしても手に入れるべく、失踪した親に、探偵を使って此のアパートを探した。
亜紀名義で、祖父がそこまでして稼いだ資産を預けるのは、亜紀の純粋で擦れていない所に有った。それは水商売には似つかわしいものでも有った。
「そこで亜紀さん、祖父はあなたに眼を付けて、資産を預けたのよ。ほとぼりが冷めるまで預かってくれって……」
「ほとぼりって?」
「息子の会社の行く末が決まるまで。倒産するか回復するか、まだ次の決算期までは今は粉飾決算して乗り切っている。だけど決算期までに投資先が回復すれは乗り切れるが、潰れたら共倒れになってしまう。だから融資した銀行も、祖父を探しているのよ。お祖父ちゃんならおそらく数年でチャラに出来る実力があるからよ。それじゃあそうすればって思うけど、もうばか息子の尻拭いばかりの投資はやりたくないのよ」
「そうねそれじゃあ、いっそう縁を切れば」
思い切った事を言う人と、結希は想っても呑み込んだ。人は想い通りにはならないのだよ、とおじさまは言っていた。意地を通せば悲劇が待っているとも云った。けれど、これは祖父の人生であって、亜紀さんは気にしなくて良いとも云っていたから。だからその決心が付けば、亜紀ちゃん名義の通帳も、引き取るつもりだから。安心して待っていれば良いのよ。いま、あたしはじっちゃんと呼んでいるけれど、家ではおじさまで通しているの。だって還暦前だけれど、結希だっておじさまの娘で十分に世間では通る人だから。だからそう呼ばれると頭に来るから、とじっちゃんとは呼ばさせなかった。ちょっと笑って、お気を付け遊ばせ、と付け足して結希は、タクシーで駅まで亜紀親子を見送った。
仁科の家は市街地から外れた山裾に在った。同じ郊外の住宅街でも、曲がりくねった田んぼのあぜ道がそのまま道路になったのとは桁違いに、整然とよく企画整理された一角が六十坪ほどだろうか。そう広くはないが、塀で囲まれたそこそこの敷地の真ん中にポツンと洋風のモダンな家が建っていた。周りの芝生には日除けのように、背丈を伸ばした広葉樹がまばらに植えて在る。
この家の
結希は朝早くから何処へ行っていた、と父に帰り着くと怒鳴られた。その前に結希は意気消沈した探偵の後ろ姿を見送っていた。
「早坂さん、帰られたけど亮介おじさまが見つかったのかしら」
「まさかあの女の処へは行ってないだろうな、奴がお前によく似た女を見かけたと言うが後ろ姿じゃあ様にならん。第一あいつはお前を知らんはずだ」
そこで探偵が言っていた『会ったことはありませんがそれでは探偵が務まりません』との口答えにも頭にきていた。
「あたしもあの探偵は知らないけどただ出入りする所を二階の窓からチラッと見ただけだから……」
あたしもあの探偵から、それを言われれば、カチンときそうな男だった。それ以上に雇った男の顔が見たいもんだと、親を揶揄した。
応接間兼居間の三点セットのソファーの一方に、ふんづり返る父を見ながら、反対側のさっきまで早坂が座って居たらしいソファーに座った。
「全く役にたたん男だ」
「だったら首にしたら」
「相手は羊のようなもんだからあいつで丁度良いんだ」
「どっちが、亮介おじ様はそうは行かないわよ丸め込まれるのが落ちよ。それより借金取りの方が気になるわね」
「どうしてだ。不良債権を持ってるのは俺の方で親父は一文の借金もありゃしねぇんだぜ」
「だってお父さんには返済能力がなくて亮介おじ様はその気になればいつでも返せるからよ」
遠回しに、しかもハッキリと結希は、父を無能だと言っている。
それに気付いても反論しないどころか、遠回しにそれを悟ったのか、亮治は「大学なんて俺の経験から言えば遊びじゃないかお前も早く身の振り方を考えろ」と二十歳そこそこの娘にけしかけた。あたしにそんな元気が在るのなら、亮介おじ様にけしかけろって言ってやりたい。そんな気分を残してサッサと結希は、そのまま親を無視して、二階の自室へ行った。そこへ弟が、姉貴やばかねぇかとやって来た。
「どうかしたの」
「親父がよう、亮介おじさんはもう此処へは戻らないって言ってたけど何処へ行ったんだろう。姉貴にだけは連絡を付けてたんだろう。親父それで怒ってるらしいぜ。でもやっぱ知る訳ないよなあー」
「あったり前じゃん。お父さんは自分のことを棚に上げて雇った探偵に役に立たんと八つ当たりもいいとこね、で、お母さんはお稽古?」
「うん」
「辞めるって言ってたくせに勝手な物ね。あっちこっちに授業料を払って真面目にやってるのかしら。何百兆円と抱えているどっかの国と似ているわね」
両親は学生時代のいわゆる出来ちゃった婚だった。これが此の家系の伝統なら、全くこの家と来たら節度はないのか。あれだけの不良債権を抱えていても、借金漬けの此の国と変わらないから気楽なもんだ。それでも平穏なのは、全ておじ様の威光だから、大したもんだ。なんせ融資した銀行も、受けた借り手の父でなく、おじ様を当てにしているから大変だった。そのキーマンに、最も頻繁に連絡しているのが、孫娘の結希だった。しかも彼女は今の処ノーマークだった。
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