for answer
「中々に厳しい状況……どう攻める?」
非番だからかうっすらと髭の生えた顎を撫でやりながらスマホを指先でタップする。
液晶画面に映っているのは将棋の終局面を現したパズル、詰将棋だ。
通常の将棋とは違い、差し将棋ではさせないような鮮やかな一手を閃きや創作で作り出すことが醍醐味。
しかし、その日の晃人には何一つ妙手が浮かんではこなかった。
困ったものだと呟いて、外を見やれば既に陽は大分高い所まで登っている。
初夏にふさわしい陽気だが、いかんせん徹夜明けの体には堪える。
自身が吸血鬼にでもなったかのような錯覚を覚えながら晃人はカーテンを軽く閉めた。
だが、いい加減に自室を出て髭の一つも剃らねば師匠に怒られる。
パソコンのモニターを付けて、放置ゲームの調子を確認し回線切れもない事を目視して晃人は洗面台に向かおうと立ち上がる。
と、スマホがブルブルと震え出し、怒りの日が鳴り響き着信を告げる。
無論、ヴェルディではなくモーツァルトだ。
タイミングの悪さに微かに苦笑を浮かべて、晃人は置いたばかりのスマホを手に取った。
「一ノ瀬だ」
「お休み中失礼いたします、中尉」
聞き慣れた部下の声が響いた。
「何用か、
「一ノ瀬中尉は本日の新聞をお読みになりましたか? C案件リストに載っている人物が行方知れずになったと記載されているのですが」
「行方不明者の名前は?」
「前野明子、確か中尉が卒業された高等学校の後輩にあたるとか……」
晃人は一瞬それが誰だか分からず、スマホを耳に宛てながら視線を彷徨わせる。
そして、思い出す。
若かりし頃、己の声で打ち破った妖術師ロバート・グレインが虜にしていた女学生だ。
ロバート・グレイン、創作であるはずのクトゥルフ神話と皇国のエイプ信仰を紐づけヴェガスを拠点としていたカルト「黒蛇」の構成員であった男。
首領と仲違いをした挙句に破門を言い渡されたが、彼が学んだ秘術は本物であった。
門井智明という皇国人の少年の意識に潜むこの国に足を踏み入れた。
智昭はオカルト趣味が高じて本物と出会ってしまったのだ。
まだ高等学校の学生の時分にその事実を知ってしまった晃人は単身智昭の家に乗り込み、己の声で彼に巣食っていた魔性を打ち砕いた。
しかし、もはや不可分なまでに混ざり合った智昭も、バベルと呼ばれるこの声で打ち砕かれて消えてしまった。
バベルの声。
かつて神に与えられたこの言葉を用いて、人類は多くの奇跡を操ったと言われている。
だが、声の力を争いに用いだした姿に失望した神により奪われたとされている。
智昭すら打ち砕いた自分は果たしてこの声を扱うに足る人物なのか。
それとも、あれは擬態だったのか……。
「還り来たる、か」
「C神話案件で宜しいのでしょうか?」
「そうだな。ロバート・グレインは危険思想の妖術師だ。狩らねばならない」
「戦い、ですか」
スマホの向こうの声が緊張に震えるのを感じて、晃人は微かに笑う。
そう言えば、
緊張からか肝心なところを間違えている。
「准尉、戦いではない。これは狩りに過ぎない。怪異猟兵にとって怪異との相対はすべて狩りだ、それが怪異に飲まれぬための心構えと知れ」
「は、はい、中尉!」
「皇国最先端の科学の粋を集めた君の力には期待している」
それだけ告げれば、晃人はスマホの通話を切る。
休暇は終わりだ。
立ち上がりクローゼットを開ければ、日本皇国軍憲兵局の制服がぶら下がっていた。
それに袖を通しながら前野明子がどのような女学生であったかを思い出そうとして、すぐに無駄な思考は止めた。
今どのような姿であれ、一目見ればわかる。
一目見れば智昭に潜んでいたロバート・グレインを見抜いたように。
軍帽をかぶり外套を羽織り自室を出る。
さて、伸びた髭を剃っていくか否か……そんな事を考えながら聖上より賜りし太刀、獅子王を佩いて晃人は家人たる師に挨拶をするべく彼女の私室へと向かった。
これより三日後、ロバート・グレインは再度打ち砕かれた。
皇国の誇る怪異猟兵の手によって。
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