#8 ただ、会いたかっただけ

 にわかにざわついたギルドの様子をいち早く察知したのか、受付の奥から何やら偉そうな意匠の服に身を包んだ若作りな男が現れ、受付嬢の肩に手を置いた。

「ディアナくん、ギルドが不穏な空気で溢れているけど何かあったのか――え……?」

 ディアナと呼ばれた受付嬢に状況を確認しようとした男は、受付のテーブルに無残な姿となった測定器の残骸を見つけた。

 これで色々と察してしまったらしい。「この砂、もしかして?」と念の為に訊いた男に対して、受付嬢のディアナは答える。

「実は……216年前にギルドが創設して以来、一度も壊れなかった魔力測定器が粉砕してしまいまして……」

 未だに目の前で起きたことを信じられないのか、ディアナは放心気味に男の問いに答えた。


「いやいやいやいやいや、粉砕どころじゃないよねこれ。砂じゃん。どうやったらここまで見事に壊れるのさ」

 糸目で、ポーカーフェイスを装っていたように見えた男は、思わず突っ込みを入れている。気まずさに居たたまれなくなった私は、この空気を変えようと努めるべく釈明する。

「申し訳ございません。貴重な測定器を破壊してしまいました。いくらか手持ちがありますので、どうかこれでご容赦いただけませんか? その代わりといってはなんですが、今回のことをおおっぴらにせず、ここでクエストを受けさせていただきたいのです」

 私は懐から金貨の入った袋を取り出して、ディアナと彼女の上司と思しき男に中身を見せる。

「ああ、いえ。測定器自体はそれほど高価なものではないですよ。倉庫にまだ埃の被った新品が眠っていますからね。立ち話をするのも憚られますし、奥の部屋で話の続きでも如何でしょうか?」

「本当に大丈夫なのですか」

「大丈夫です。そう身構えず、是非気軽にお話だけでもさせてもらえませんか?」


***

 私は男に伴われて、ギルドの奥にある豪奢な部屋に案内された。部屋に置かれたデスクの上には天井まで届くような書類の山が積まれていた。

「これはお見苦しいところを。ここ最近、書類仕事が多くてですね、普段はギルドにはなかなか顔を出せないんですよ。申し遅れましたが、僕はデュリオ。ここ、イオニア冒険者ギルドで会長を務めています。去年までは、これでもイオリゴ随一の魔術師として津々浦々を冒険していたんですが、今はこのギルドで隠居している身です」

 そう言いながら、手のない右腕をデュリオは突き出して見せた。

「これは……お労しい。クエスト中の負傷ですか?」

「始めは名誉の傷と強がっていたんですがね。やはり活き活きと冒険していたあの頃を思い出すと、今でも悔やまれます」

 デュリオは淋しげに笑いながら、来客用のソファに腰を掛ける。私にも座るよう促されたので、それに従う。


「では早速本題に移りましょうか、とその前に。ちょっとギルドカードを拝見しますね。ここに来る前はさぞ名のある冒険者だったのではないですか? ――ええと、ストラスト・ヤソ。職業は僧侶って……えっ。あのイグナチオ特務僧兵のストラストさんですか? 勇者候補筆頭のアンスヘルムパーティにいた、あの」

「そんな大層な人間ではないですよ。今はイオリゴに身を置きたいと考えている、ただの冒険者です」

 流石にデュリオのように、色々な国を渡り歩いてきた冒険者からは身元が割れてしまうのか。アンスヘルムと共に旅をしたことで、顔が広くなってしまったのを悔やんだ。

「ま、過去を詮索するのは野暮ですね。事情があるでしょうから。それで、本題ですが、測定器を壊した件は前代未聞とはいえ、予備はすぐに用意できますし不問と致します。ギルド創設時に慈母神教の熱心な教徒だった賢者様が寄贈された代物ですけどね」

「そのような大層なものを、私は破壊してしまったのですか……なんとお詫びをすればいいのか」

「ですから、不問ですよ。まだ賢者様が作られた予備があるんですから。それよりもですね。ギルドとしては、貴方のような強大な力を持つ方は大歓迎だと諸手を上げたい気持ちでやまやまですが、一方であまりに大きな力とは、我々に害為す存在になりうるとも考えられるのです。僕が申し上げた意味、理解できますね?」

「つまり……私がこのギルドを始め、イオリゴ共和国に牙をむかない保証が欲しい、ということですか?」

「話が早くて助かります。率直に問いますが、貴方は僕達の敵ですか?」

デュリオの細い目が少し開き、鋭い眼光が突き刺さる。彼らからすれば、勇者という栄誉を捨ててまでイオリゴ共和国で身を立てようとする奇特な人間と見えるのかもしれない。

 破門されたことは、ここに住む人間にまで聞き及んでいないだろう。その上、新教で腕の立つ僧兵がわざわざここに定住するという事態は、事情を知らなければ内部からイオリゴを破壊する狂信者が何かやらかすのではないかという疑念を晴らすのは難しい。


 そこで私は、新教を破門されてから、イオリゴ共和国まで亡命してきた経緯をデュリオに包み隠すことなく話した。アンスヘルム達には壁役と荷物持ちとしてしか扱われなかったこと、数少ない信頼できる同志に導かれるままこの国に逃げ込んだこと、そしてここで出会えた住民の暖かさに感激したこと。神に身をやつしてきたにも関わらず、仲間どころか、その神にも裏切られてきたことを。

 ここ最近で自分の身に降り掛かった理不尽を話し続け、気づけば涙が止まらなかった。

 私は悲しくもあり、悔しくもあったのだ。


「あと少しで聖地のジェズを、故郷を取り戻せたかもしれなかったのです。取り戻してからは一目見るだけでも良かったんです! 大聖堂に封印された父に会いたかった」


 一通り話し終え、部屋に聞こえたのはただ二人のすすり泣く声だけだった。

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