#7 イオニアのギルド

 宿屋を出て、ギルドに向かう。巷では総本山の巡礼者がここ最近増えたとかで食料や生活必需品などの物資が不足しているとの噂話を聞いた。

 ベネディクトゥス様の訃報がここイオリゴ共和国の一帯にも届いていたようで、言いしれぬ不安が人々に覆いかぶさっているのかもしれない。

 気持ちに陰を差した世の中に、巡り巡って手を貸す。それでいて新教の者達には気取られずに、だ。どこかの冒険者と手を組まずに、クエストをこなしていかねば。

 イオニアには旅の途上で訪れた冒険者、イオリゴ共和国の政府から要請されて遠征してきた者といる。中には僧兵上がり――もしくはくずれ――の冒険者もいるだろう。

 多少イグナチオでの事情を知っている人物であれば、私の顔が割れているかもしれない。誰かと接触してしまうのは避けたかった。


 ギルドに立ち寄る前に、まず武具屋で自分の装備を整えることにした。

 身体の動かしやすさを優先するため、ツナギの下に着る鎖帷子だけに防具を抑え、その上にフードのあるローブを被ることにした。傍目からはイオ教の巡礼者に見えるだろう。

 少しずつ髪は伸びつつあるが、しばらく人相は分かりにくい格好で外を出歩いた方が良い。いっその事、肩まで髪を伸ばそうかと思った。

 武器は買わなかった。

 イグナチオの僧兵達は自分に合った得物を使うし、私も多少武器の心得はある。だが、武器を使うというのは敵に弱点を曝すことにも繋がる。

 私の武器は、私自身の肉体だ。

 今日び拳に自信のある武闘家でも、それが古武術を極めたものだろうが、鉄甲や籠手状の拳を増強する武器に頼るものだ。特に複数のモンスターを相手にする冒険者であれば尚更。

 それらですら、敵が視覚で認識すれば「相手が使う武器の情報」に他ならない。

 だが徒手空拳であればどうだろうか。見せびらかす情報を一つでも減らせば、こちらが優位なまま戦いを進められる可能性はわずかだろうが上がる。

 相手が戦況を理解する前に間合いを詰めればそれでチェックメイト。

 武器を使う者は素手を極めた者には勝てぬと、僧兵達に言って武器に頼ることを諌めたら、それができるのは私だけだと笑われたのを思い出した。


 武器は強ければ強いほど、慢心に繋がる。

 強い武器を使いこなすためには、強い精神を持ち合わせていなければすべからく死ぬ。


 巡礼者として身を街中に溶け込ませた私は、いよいよギルドの入り口へと向かった。

 イオニアのギルドは、冒険者の出で立ちは玉石混交といった様相だ。少しの騒がしさはあれど、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせた。

 辺鄙で冒険者の少ない集落から依頼が来るようなギルドでは、田舎者らしく排他的なものだった。よそ者は必ず「そこでは」腕の立つ自称先輩冒険者が絡んでくるものだ。

 彼らは気づいていたのだろう。そこでしか戦えないのだと。心に余裕が無いから、どこかで溜飲を下げたかったに違いない。


 幸い、ギルドの受付は混雑した時間ではなかったようで、すぐに対応してもらえた。

「すみません。実は、前までイグナチオ皇国で活動していまして、ここに活動拠点を移したいのですが」

 受付嬢に今まで使っていたギルドカードを渡すと、キビキビした動きで何かの書類にペンを走らせ、それでいてこなれた笑顔でこちらの用件を伺ってくれた。

「はい、かしこまりました! カードご変更の理由は『移住』で問題ないでしょうか?」


 イグナチオ皇国で発行したギルドカードでも、クエストを受けられないわけではない。その場合だと報酬関係の手続きで、二国間でのやり取りが発生する。

 そうすると三つの問題がある。

 一つは、報酬支払の遅延。二つ目は報酬から手数料が天引きされること。

 そして三つ目。これが私にとって一番厄介で、イグナチオのギルドカードを使い続けていると、向こう側に私の所在がバレてしまう恐れがある。

 その問題解消のためにはイグナチオのカードを破棄し、新たにイオリゴ共和国のカードを作る必要があるのだ。


「ええ、まだ宿屋暮らしですが、しばらくお世話になります」

「ありがとうございます。最近は常駐の冒険者不足でてんやわんやしておりましたので、非常に助かります! 職業は僧侶とありますが、こちらに変更はありますか?」

「はい、一応『魔法使い』に変更お願いします」

「それですと、発行手続きを進める前に測定がありますが、よろしいでしょうか?」

 受付嬢がそう言うと、カウンターの下から古びた石板を取り出して机上に置いた。

 これがイオリゴ共和国式の測定器というわけだろうか。

「では、この石板に手を置いて魔力を放出していただけますか? 慈母神教は新教と違って神聖魔法と通常魔法とを区別しておりますので、神聖魔法では反応しないようになっているんです」

 宗教の教義が違うと、魔法に対する認識も変わるものなのか。確かに新教では神聖魔法だけしか使えない者も魔法使いと考える風潮がある。イグナチオ皇国では、圧倒的に神聖魔法以外を使える魔法使いが少ない。

 確かイグナチオで活動する攻撃のできる魔法使いは、大体サイヴィリア帝国出身の人間が九割を占めると大聖堂の報告で上がっていたな。

 この受付嬢は、そういった事情からイグナチオの僧侶である私を見て「回復魔法しか使えない僧侶」と思っているのだろう。

 これでも魔法にも覚えがあることを、ここで示さなければ。一度言ったこと引っ込めてしまったら、多少とはいえ信頼性も損なわれてしまう。

 出鼻をくじかれるわけにはいかない。


「分かりました。……ちなみに、魔力を籠めすぎで壊れたりしませんか?」

「ご安心を。ギルド創設以来から使われた石板ですので、今日に至るまで一度も壊されたことがない一級品ですから!」

 それを聞いて安心した。

 ここ最近、身体に巡る魔力量が増えており、私はこれを利用して身分隠しの精度を上げようと思っていた。凄腕魔法使いのマリレーナは、イグナチオで測定したときに測定器を粉砕してしまったので機器の耐久性は気になるところだった。

 すぐさま、私は我流の呼吸法を始める。通常の魔法は、神聖魔法と発動するときのマナの巡り方が違うからだ。

 身体に巡るマナの大元、胸の中から脈打つマナの鼓動を止めて、頭からじんわりとマナが降りるのを感じてから手の平から魔力を放出して石板に力を注いだ。

 暖かで鈍い光が石板を包み、それが十数秒経ったところで光が収まる。

 やがて年季を感じさせた魔力測定器は、砂のようにサラサラと崩れた。


 私は、この場から逃げたくなってしまった。

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