#3 獣道を歩く、そして思い出の食事

 獣道が示すその先は、一寸先が全く見えない暗い森の中だった。ニコライ司教は簡単に獣道さえ抜ければ、あとは安心だと思わせる口ぶりでいた。

 まずその安全を確保するまでがあまりにも険しいのだが。


 腐っても仕方がないと、只々歩き続ける。新教の恒例行事である山ごもりでさえ、道は多少整えられていたが、それでさえも足腰に多大な疲労を与えるには十分過ぎるものだった。

 足場の悪いところを避けるようにうねりのついた一本道は細いもので、歩くごとに変調する傾斜は順調に体力を奪っていく。

 麓から頂をまっすぐ目指そうと獣道を外れ、腰まで伸びた茂みを掻き分けようとした。だがその行動は浅薄だった。踏み出した先の土が柔らかすぎて、登ろうにもアリジゴクでもがくように少しも登れない。

 とても不可思議な道だ。始めからこの獣道だけを歩かせるように「舗装された」山道を私は歩いている。


 既に六時間は歩き続けただろうか。それとも、もっと少ないだろうか。入った瞬間から夕日さえ差し込まない暗闇が森を覆い、時間の感覚はあっという間に狂い始めていた。

 足の疲れが上体の支えを崩し、時々よろめく。今日はここが潮時かもしれない。

 そろそろ空腹が気になりだしたので食事をしようと、その場に座り込んだ。

 追放の際、ニコライ司教が私に持たせた食料袋を開く。煎り大豆と岩塩が入っている。そして木のジョッキだ。魔法を使えるのだから、水魔法で喉を潤せということだろう。

 袋の底まで手を伸ばすと、何か硬い感触に当たった。その正体を見て私は失笑を隠せなかった。特務の遠征でよくお世話になった堅パンだ。本来は新教の備蓄食料として加工された保存食なのだが、保存期間を過ぎたものは遠征の糧食に使われるのだ。

 常人が食べれば顎が筋肉痛になること請け合いなので、僧兵達の間でもウケの良くない代物だ。

 それでも私はコイツで命拾いをしたことがある。懐に入れていたお陰で、魔物の不意打ちを防ぐことができたからだ。換言すれば、もはや食べ物と形容し難い鉄板に他ならない。

 私は昔を懐かしみ、思わずこの鉄板に噛み付いてみた。

 おや、意外と硬くない?

 なるほど、と合点がいった。きっと保存期間中の新しめな物を入れてくれたのだ。堅パンは放ったらかせば、その分水分が失われて硬度を増すものだから、新しいうちはきっと格段に柔らかいに違いない。

 それでも水や唾液を含ませないと口の中で咀嚼するのが難しいことに変わりない。一生懸命、ひとかけらの堅パンと私は格闘し続けた。


 ようやく食べ終わった最初の一口で、何やら満腹感のような闘いを終えた達成感のような気持ちが溢れる。

 その堅パンだけで私は食事を済ませ、ジョッキに残った水を喉に流し込む。

 食べるものにありつけた感謝を神とニコライ司教に。


 ちょうど食事を済ませたところで、そろそろ寝に入ることにした。

 恐らく既に日は跨いでいるだろう。

 この辺りは幸いにも敵意のある魔物や動物の気配は感じられない。これだけ鬱蒼とした森ならば、多少の生命反応があってもおかしくないものだ。

 自然に満ちた森や山で動物が極端に少ないときは、ある一つの可能性を思い浮かべるのが冒険者や旅人の間では定石となっているらしい。

 それは、奥に進んだ先で魔物が長年巣食い、周辺の動物や迷い込んだ人間を糧に生活圏を形成しているということだ。

 この先、運悪く魔物の集落に出くわしたとしたら、衝突は免れられない。

 そのためにも、休めるときはゆっくりと休むべきだ。

 睡眠を疎かにした戦士は、大抵討ち取られてしまうものだから。

 集中を欠いたその隙を、凶刃はいつでも入り込む瞬間を待ちかまえている。

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