第36話 本能寺 次回最終回

 俺も、織田家のためだけに働いてきたわけではない。織田家に尽くしてきたのは、ひとえに自分の子孫が織田家のもとで繁栄するだろうと下心があったからだ。

 織田家に尽くしてきた俺ですら、下心があるのだ。草履取りや医者は、もっと卑しい下心があるに違いない。しかも奴らは、俺と違って織田家への忠心は全くない。奴らは、自分さえよければあとは主君などどうでもいいのだ。

 だから、草履取りは俺を貶めた。

 奴は俺が邪魔でしかなかったのだ。

 自らの出世や独占欲を満たすには、自分にないものを持っている俺を蹴落とす必要があったのじゃ。

 奴らは、まんまと俺を失脚させることに成功した。今になって思えば、俺は上様が恨めしい。あんな姑息な奴らのいいなりになって、3人して俺を遠ざけたのだ。

 上様の あの甲高い笑い声が、聞こえてきそうだ。 上様はすごく頭が良く、物事を的確に判断する。しかし、人の言葉の裏を読むことができない。

  正直に理解し判断を誤るのが、上様の唯一の欠点だ。 だから、諫言を嫌うのだ。

  人の考えと自分の考えが違うのを極端に嫌うのは、人の気持ちを分かりたくないからだ。

 それでも、今まで上様は我慢して生きてきた。

 しかし、本願寺と和睦をして天下が目前に迫ってきて、上様は本性が表に出てきた。

 今の上様は、目の前のことしか見えず 周りを見ていない。 隙あらば、お酒の簒奪を狙う輩が近くにいることに気づかない。

 俺がいれば奴らにそんなことをさせないが、それが出来ないのが残念だ。

 今の俺は、もう手も足も動かぬ。しかし、織田家没落を見る前に死ぬことができそうなのが、不幸中の幸いだ。

 生きる気力を失った俺は、もう今世への未練はない。

 しかし、信栄と上様の二人だけが心配だ。 二人には

、幸せになってほしい。

  せめて穏やかな人生を送って欲しいと、心から思う。

 そう願った瞬間 、信盛は今まで立てなかった足を急に動かすことができた。

 彼は、そばに寝ていた信栄に語りかけた。

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