第35話

 織田家が本願寺と和睦したことで、一気に日本は統一に進みだした。そんな強敵と戦い負けなかったのは、俺の努力も多少なりともあったと自分では思っていた。

 上様からお褒めの言葉をいただけると、期待していた。まさか、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。

 俺は、その後ずっと失意のどん底だった。それまで俺は、多くの与力武将を従え織田家を支える織田家最大の忠臣だと自分を自分で褒め称え、周囲からも信頼され敬われていた。

 慢心があったにせよ、それは過去の実績に裏付けされた慢心であった。上様の不興を買うことがあっても、それ以上の忠心と行動で上様に尽くしてきたつもりだった。

 自分なりに上様には特別の配慮し、人一倍織田家の事を考えていた。今この山奥で思う ことは、虚しさと 虚脱感だけだ。

 自分は、今まで何をしていたのだろう。

 何のために働き何のために生きてきたのだろう。

そう思うと全てが虚しくなる。

 多くの武将や取り巻きに囲まれていたかつての自分と、嫡男信栄とともにみすぼらしい部屋で暮らしている今の自分を比べて、どこで間違ったのかと想像し、また苦痛になり、ため息をつくと言ったことを何千回何万回と繰り返す日常じゃ。

 信栄には、すまぬのことをしたと心で詫びた。 自分は、信栄の育て方を間違えた。俺は、信栄の時代はもう太平の時代になると思い、茶の湯など大名の心得ばかりを教え、戦の仕方などは教えなかった。 上様からの信栄の実績を読んだとき、自分も若干思い当たる節もあった。

 しかし信栄は、俺に離れることなく側に居続けていた以上、戦の仕方をずっと見てきたはずだった。上様は信栄に最低の評価を下したが、自分は息子を一人前の大名にしようと教育し、まだ未熟ではあったがいずれは立派に織田家忠臣に育つだろうと信じていた。

 確かに信栄は、凡将である。しかし太平の世になると、織田家は武将より他の才能のものが必要となるはずじゃ。

 信栄 のように、各大名の本音を聞き出し、調整し、大名同士の面目を保ち、事前に争いの芽を摘む人物が必要になると考えそのように育ててきた。 戦がなくなる以上、野心的な男より強制的な人間の方が好ましいと考えての判断だった。

 上様の信栄への批判は自分のせいだったが、自分はそれは後の織田家のためにしてきたことだったのだ。上様の信栄への評価は、自分には心外じゃった。

 上様を恨むとすれば、息子信栄への叱責じゃ。

 これだけは、反論したかった。

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