第28話

 使者たちは、沈痛な面持ちで目を逸らすばかりであった。信栄が使者を送り出す間も、父は茫然自失の体で一言も発しようとしなかった。父が心配で信栄は、ずっと父の側を離れることができなかった。父は、その 日中呆けていた。一族、重臣誰もが心配して侍っていたが信盛は一言も発せず、信栄は夜になると皆を下がらせた。

 信盛は二人きりになると急に正気に戻り、信栄に詫びた。

「信栄 、わしが愚かであった。許してくれ。」

「父上が謝ることではありません。

上様は間違っておられるのです。」

「いいや、上様に限って間違いを犯すはずはない。

私の判断が間違っていたのだ。」

「まさか、上様は佐久間家そのものが邪魔になったと思われておられるのですか?」

「 そのようだな。」

 父の推測が正しければ、これほど危険なことはない。ぐずぐずしていれば謀反を疑われ、討伐軍を差し向けられる。

「そうと分かれば長居は無用だ。

できるだけ早くここを出て、高野山へ行こう。」

 さすがに、信盛の決断は早かった。上様の性格を知っている彼は、もはや何も持たずに退去する道を選んだ。

「父上私もお供させてください。」

「すまない。愚かな父を許してくれ。」

「いえ、私は元々武士には向いておりません。

戦も出世を巡る争いも、もう御免です。

醜い権力闘争と、大嫌いです。」

「そうか、父はお前のために必死に便宜を図ったが要らぬ世話だったのだな。」

「そんなことはありません。

父の教えてくれた茶の湯の世界を極めようと思いまする 。」

 茶の湯で出世するという目論見は、とんだ誤算に終わった。 しかし茶の湯の世界観は、信栄の心に染み込んでいる。これからは、父と一介の茶人として生きることができる。

 今考えれば佐久間家は、織田家の地盤である尾張、三河、近江に多くの所領を持っている。 与力大名の所領を合わせれば、上様に次ぐ勢力を持つ。上様は京に近い延暦寺で虐殺を行うなど、公家で人気がなかった。未だに口では、上様は殺人が好きな野蛮な田舎者と見ているものも多い。彼らの中には、織田家より佐久間家の方がマシと思っている者もいる。

 無責任な彼らは、佐久間信盛に謀反を秘かにそそのかし出世しようと目論んでいた。もちろん信盛は織田家忠臣で、謀反を考えたことなど一度もない。

 しかし、孫の代のことまでは責任を持てない。すでに上様は、先を見据え必配の種を事前に摘んだのだ。

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