第29話

 上様の決断は、いつも早い。

 しかし、この度の決断を早すぎですぞ。

信盛は、上様に忠告したかった。それに私が去れば、上様に進言するものは誰もいなくなる。上様には、まだまだ敵は多く油断できない。佐久間家の没落を見た織田家外様衆は、何時疑いをかけられ追放されるか熟考することになるだろう。

 事実この後羽柴秀吉は、急に敵の毛利に接近し始める。

 安国寺えけいと秀吉は、前々から昵懇で密かに通じている。上様は、寝首を取られないか心配だ。いやもう私は、織田家から追放された身だ。上様の心配より、明日からの自分の心配をしなければならない。

 しかしまだ何の実感もわかず、何も考えられない。織田家で一生生きていく覚悟で生きてきた彼にとって、織田家からの 追放は森羅万象の終焉に等しい。彼はこの夜、失望、厭憎、怒りの感情が入り交じり、一睡もできなかった。

  その頃の信栄は、寝所で父の心配をしていた。一方で、隠居かそれも悪くないかもしれん、と思い巡らしていた。

 私は、上様が怖い臆病者だ。

そのような私が織田家に仕えても、気が休まることはないだろう。彼は、これまで肩に重くのしかかっていた重荷がいきなり消えたような気分となった。

 もうたぶん、上様とは二度と会うことはないだろう。彼は、それだけで十分幸せだった。

 明日のことは明日か考えよう、もう戦で憂さが溜まることはない。

  彼は俗世から離れ穏やかな余生を送る覚悟を決め、まずは今夜は良く寝ようとし、その通り熟睡した。

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