第25話

 教如らは立ち去ったが、まだ本願寺には多くの住民が残っていた。外堀の中には広大な 寺内町が広がり、堺に勝るとも劣らない数の家々が建ち並んでいる。 長い籠城で疲弊しているが、 そこから立ち直ればこの町は大きな富を生むに違いない。 

  しかしこの町一つ失っても、上様は もう困らない。 逆に退去して武装した籠城兵がどこに行くかの方が 、上様にとって脅威だった。彼らを生かしておけば、いつ暗殺されるか分からない。何度か鉄砲で上様は、暗殺されかかったことがある。

  多くの兵と町人がこの完全包囲された石山本願寺で 飢えずに5年間暮らせたのは、 反織田勢力が 密かに食料品や衣類などの 日用品を送っていたからに違いない。 その方が問題とすべきであった。

 佐久間信栄は三百の軍を率いて、本願寺側の引渡し役を務める坊燗と共に、石山に入城した。 顕如父子ら兵士達は退去したが、多くの住人は住んでいる。 その中に主戦派が紛れ込んでいることも考えられ、 警戒を怠ってはいけない。 彼は、いつ襲われるかもしれない 恐怖を必死に隠していた。住人の方が数が多く、もし鉄砲を打ってくれば、 あっという間に殲滅される恐れがあった。

「あれが本願寺か。」

内堀の向こうに、巨大な伽藍がそびえていた。 誰もいないのが、かえって不気味だった。境内は端々まで掃き清められ、建物の中には調度がしっかり修繕された上で置かれていた。

 彼は、それを見ると少し安心した。本願寺側も表立って抵抗すれば、教祖もただではすまない。すでに天下は上様に決まったに等しく、逆らえば考えているだけで恐ろし。 配下である自分すら、口答え一つできないほど上様を恐れている。

 その家臣の中で一番の実力者の息子である信栄は、敵にとっては怖い存在に違いない。彼は、余裕さえ出てきた。 本願寺接収を無事に済ませた彼は、警護のものを残して引き上げた。

 しかしその日の夜、四方より数百の乱妨人共が一斉に寺内に乱入し、寺内を荒らしまわった 。奉行衆は 警していたが、多勢に無勢、 防ぐことができなかった。 彼らは逃げぎわに火を放ち、警護の者は水がどこにあるのかおろか、自分が今寺のどこにいるのかさえ分からない状態で、消火どころか混乱で逃げるのに必死の有様だった 。

 それから三日三晩本願寺を包んだ炎は、天を焦がし続け壮大な大伽藍は灰燼と帰した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る