第6話 桶狭間の戦い

 永禄3年、信長に2度目の試練がやってきた。今川義元が2万5000もの大軍を率いて尾張に侵攻して来たのだ。信長にはこの後も多くの試練がやってくるが、この戦いほど信長の性格を表した戦いはない。この意味でこの戦いは、信長を象徴する戦いとして歴史にその名を轟かす戦いとなった。

 この戦いは、色々な意味で戦国時代の戦いとは異質であった。 信長は最前線の鷲津砦に織田秀敏、飯尾定宗、尚清父子を丸根山砦に佐久間盛繁を配置した 。そして良い善照寺砦には佐久間信盛、信直兄弟が守り中島砦には家梶川高秀を入れ置いた。佐久間一族は両砦を任されるほど信頼されていたが 、信長にしてみれば彼らは父信秀の家臣で最も信頼できる捨て駒の一つにすぎなかった。

 信長は、すでに奇襲による攻撃しか考えていなかった。義元がどこにいるかを、多くの色々な者に探らせていた。重臣を信頼していない信長は、重臣が弟の一人を推し自分の首を差し出し降伏するのを恐れた。

 彼は清洲城に重臣を置いたまま主従六騎で出陣し、中島砦に入って軍勢を整えた。 今川勢は急に増えた織田軍の丹下砦に一方の兵を割くなどして、本体の兵は一時的に減っていた。 すでに多くの斥候を出していた信長は、義元の居場所を特定し 進軍を開始した。

 折からの通り雨の中を突進し、義元の旗本隊にたどり着いた。義元の旗本衆も良く守備したが、最後は服部小平太が槍を付け毛利新介が義元の首を討ち取った。義元の首を見て、非常に満足したという会心の勝利となった。信長は、深追いせずに清洲に凱旋した。

 信長は、重臣に全く相談せず一人で作戦を立て事前準備をした。そしてあてにしたのはお気に入りの家臣で、重臣どもは敵の目くらましに過ぎなかった。戦国時代でも敵軍の大将を討ち取ることは珍しく、しかも味方の重臣に謀ることなく奇襲で大敵を破ったことで 部下の信長への信頼は高まった。 

 信長は、次に美濃攻略に取り掛かった。 美濃攻略で初めに活躍したのは、羽柴秀吉だった。彼は墨俣の一夜城の話のように知略に秀でていた。 墨俣の一夜城は虚偽のようだが、秀吉は調略を巡らせ 中濃の加治田城の佐藤氏の内応を取り付けた。それが突破口になり 東濃と中濃の要である金山城に信長は森可成を入れ、唯一土岐氏の生き残りで中濃に隠然たる力を保つ土岐 久々利氏が信長に帰順、徐々に美濃に影響力を持ち始めた。  

 永禄10年8月龍興を支える美濃三人衆が信長に内応し、本格的な美濃侵攻から足掛け7年で美濃を平定した。 美濃を平定した信長は、初めて信秀時代以外の豪族を傘下に加えることができた。

 しかし 、美濃の豪族を信長が自由に動かすことはできなかった。 まだ信長には遠慮があり、政治的地位についても筆頭家老の林秀貞、 両大将の佐久間信盛、柴田勝家、 お気に入りの滝川一益と並んで美濃三人衆も幕府に対して起請文を認めている。 新たに信長の家臣となったものを優遇する処置は、後の進駐に対しても 予想外の効果をもたらした。 それが最良の選択肢と、信長が判断していたとしても。 信長は、まだ信秀の呪縛から完全には解かれていなかった。

  彼は永禄11年9月4万とも6万とも言われる大軍を率いて上洛し、10月18日には義昭を将軍に就けることに成功した。名門を誇った六角氏が甲賀に退却し、松永久秀、三好義継、摂津三人衆ら畿内衆を配下に加えた。しかしこの時点では、彼らは名目上は義昭の臣下であった。 それでも信長は、父を超えたと感じた。

 彼は、自分のお気に入りを登用し始めた。明智光秀、羽柴秀吉、森可成 、坂井政尚、塙直政達である。彼らは、主に畿内を中心に活動し信長を助けた。しかし機内はまだ安定しておらず多くの困難が待ち受け、彼らの大半は戦死した。

 彼らのうち特に武士出身者は、死をもって信長に忠節を示した。信長は彼らに忠節を期待しており、彼らもそれに応じた。彼らの奮戦は、畿内の大名にとって脅威であった。畿内では、裏切りや調略が常套手段で忠誠は流行っていなかった。

 信長は畿内で味方を増やしていったが、彼らに求めたのは絶対服従であった。大和の松永久秀は、信長を元主だある三好長慶のように思え親身に仕えようとしたが、信長は利用価値がなくなればゴミのように捨てる非常の面があった。浅井長政も妹を嫁にもらいながら一門衆の待遇を受けず、ただ服従を強いられていた。 将軍の上洛に協力した割に、感謝もなく要求だけが増していった。浅井氏の同盟国の朝倉氏を、織田軍が浅井に何の相談もなく攻めるなど不信感が増すばかりであった。

 信長は、まだ尾張での戦い方が抜けきれていなかった。尾張では多少無理をしても同郷同士でもあり無理が効いた。しかし一歩尾張を出て他国同士の戦いとなれば、それは通用しなかった。信長は父信秀の呪縛から解放され、信長本来の性格が顔を出した。しかし、それは足掛け四年にも及ぶ元亀の争乱の幕開けとなった。

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