第12話 N簡易裁判所公判2 原告尋問④
K弁護人が尋問に立った。
「さきほど貴女の方から、セクハラ発言や肩を触られたという話がありましたが、その時に施設側、ジムの方に相談されたりしましたか?」
「少し話してはいました」
「それで施設側から何か具体的な処置がされるなどありましたか?」
「それは特にないです」
ここらの施設側と裕子のやりとりについて、K弁護人にはもっと突っ込んで訊いて欲しいものだ。神野は少し不満だった。
「今回の腹筋とか前屈の指導とかもトレーニング指導の一環として行われていたんですよね?」
「はい」
「前屈をするときの経緯とか理由として、被告人から腹筋がし辛いんだとか、その理由は腰が固いからだとかそういった話はありましたか?」
「なかったと思います」
あの時現場で、神野が裕子に対して、自分の腰の固さの説明の途中で、裕子は腹筋台の使い方の説明に神野を導いている。どこまで裕子は理解したか?
「警察に対してお話をされた記録があるんですけど、いまは記憶が無くなってるということですか?」
「はい」
警察官にはどのように話しているのか、K弁護人には説明して欲しかった。
話の矛盾を突くことによって証言にほころびが出ることもあるだろうに。
「前屈の指導に当たって、貴女が前屈の姿勢をとる前に被告人が前屈の姿勢をとったんですか?」
「覚えてないです」
「貴女が前屈の姿勢をとった後で肩に触れられたと?」
「はい」
「先ほどの確認なんですが、お尻の付け根に触れられた?」
「はい」
「足首というのはなかったですか?」
「足首はなかったと思います」
「太ももはない?」
「太ももはないです」
何か、原告が有利になるようにリードしていないか?
神野はK弁護人の尋問にいささか疑問を感じる。
「その時にどのように触ったかという話なんですが、下から上に持ちあげるような形ですか?」
「中心のどれか」
(生々しい尋問だが、偽証に導くためか? 原告が困惑してるではないか)
「直接目で確認されてないそうですが、手らしきものが貴女のお尻に接着している時間は何秒も無かった?」
「そうですね」
「1秒未満?」
「1秒未満です」
(1秒未満なら0秒ではないか。つまり、触っていないことになる。ま、揚げ足取りはやめよう。また嫌われる)
「前屈の姿勢をとって欲しいというふうに被告人に依頼されたわけですよね?」
「はい」
「そこから貴女が電話で呼ばれるまでの間に、被告人から貴女に言動などありましたか?」
「言動……」
「言葉で何か発するというか」
「向こうから……」
「そうです」
「覚えてないです」
「貴女からすると前屈のトレーニング指導だと、とりあえず前屈をしてそれを見て貰ったらいいじゃないかという思いですよね。当時の認識というのは?」
「そうですね」
「お尻を触られるというのは、特殊なこと、異常なことという認識ですよね?」
「はい」
「そのお尻を触られることについて何か言葉があったのかなと」
「いや、特にないです」
神野にはK弁護人のこれらの尋問の意図がもう一つ理解できない。どういう返答を期待していたのか?
最後に、Na裁判官から確認尋問があった。
「腹筋台で腹筋の動作をしているときに触られたのは……、腹筋も前屈しますよね、膝の、いわば上の部分を触られたということですか?」
「はい」
神野は呆れた。この老裁判官、今まで何を聴いていたのか?
『膝の上の部分』とは? それは『大腿四頭筋』の最下部『内側広筋』ではないか。何ゆえにそんなところを触るの?
「前屈の時は、貴女の方が膝を曲げないで前に上体を倒して、右手で右足のつま先を、左手で左足のつま先を掴むような恰好をして、いわゆるヘアピン状態になったときに、脚の裏側の部分を太ももからお尻にかけて撫で上げられたという感じですか?」
「はい」
「それは、回数は1回ですか?」
「回数は1回です」
Ka検察官が初めに間違った認識で尋問をしたのがNa老裁判官の脳裏にあり誤解したままだ。裕子が否定しないのは故意か、それとも……
前屈しただけでは価値がない。飽くまでも、前脚で後脚を押さないと、ハムストリング他のストレッチングにならない。
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