第9話 N簡易裁判所公判2 原告尋問①
前回と同様、X法律事務所を経由して神野はK弁護人と11時数分前に入廷した。
裁判官はまだ来ていない。被告人席で待つこと数分……まだ来ない。
書記官が苦笑いしながら、携帯を取り出し催促した。
それから数分後、言い訳しながらやっと現れた。
第2回公判開廷。
先輩らしい検察官から、原告証言開始の旨報告の後、待機していた大友裕子が神野たちと同じ、後のドアーから入廷してきた。神野からは仕切り板で姿は見えない。
先輩らしいKa検察官の大友裕子に対する尋問が始まった。
「貴女がKスポーツジムのインストラクターとして働いていたある日、ジムの会員である神野宏さんが来店しましたね?」
「はい」
「ここからは、神野さんを被告人と呼びます。その時貴女は被告人にインストラクターとして、トレーニング指導などの対応をしましたね?」
「はい」
「その時、どんなことがありましたか?」
「ジムにある腹筋台でやって見せて欲しいと言われて腹筋をした時に、膝から太ももにかけて触られました。そのあと、前屈をやって見せた時に、太ももの付け根からお尻にかけて、もっとこうしてと言って触られました」
「どういう流れでそういうことをすることになったのでしょうか?」
「やって見せて欲しいと言われて、腹筋台に私が乗って、腹筋をやって見せた時に、こういう角度かと言われながら、触られました」
「やって見せて欲しいというのは被告人から言われた?」
「はい」
ここで、神野はムムッとなった。
(それは違う。誘ってきたのは裕子のほうだ。自分は腹筋台には興味はない。嘘つきめ!)
「それで、腹筋台で腹筋をしているところを貴女が見せたんですね?」
「はい」
「その際に、太ももを触られたということですか?」
「はい」
神野の感覚では右手で背中の下の方に触れたが、左手は前に出したが身体に触れたか否かは微妙だった。
「どちらの太ももを触られたんでしょう?」
「左です」
「手はどちらの手か覚えていますか?」
「覚えていないです」
(触れていたとしたら、左手に決まっている。右手は背中の下の方にある。あの体勢で右手で触ったら、相撲の決まり手の『内無双』になるが、自分の相撲は正攻法だ。『内無双』のような卑怯な手は使わない)
「触られ方としては、どんな触られ方だったんでしょうか?」
「膝から太ももにかけて」
「今、証人は掌を開いた状態で、左右に手を動かす動作をしていましたが、そのような動きで太ももを触られたということでよろしいですか?」
「はい」
(どちらの手か覚えてないのに、裕子はどちらの手を左右に動かしたんだろう?)
神野には彼女の姿は見えない。
「触られ方としては、撫でるような形でよろしいでしょうか?」
「はい」
「太もものどの位置くらいまで触られたんでしょうか?」
「太ももの真ん中あたりです」
「撫でられた回数を覚えていますか?」
「覚えていないです」
「この時、貴女はどんな服装だったのですか?」
「ジムの制服の半袖半ズボンです」
神野の記憶ではロングのトレパンなのだが、この点に関してはあまり自信はなかった。ただ半ズボンだと前屈のときのスライドで手に引っかかるはずだが……?
「半ズボンということですが、丈はどのくらいだったのでしょうか?」
「膝上くらいです」
「太ももを触られたというのは、ズボンの上からですか?」
「はい」
「触られてどんな気持ちになりましたか?」
「驚いて、気持ち悪い気持ちになりました」
(性的過敏症? いや、涼しい顔をしていた。恐らく、野々宮奈穂の入れ知恵であろう)
「こういう角度かと言いながら触られたとおっしゃってましたが、こういう角度とはどういう意味だと思いましたか?」
「膝の角度のことだと思うんですけど、腹筋するのに膝の角度というのは、ちょっと意味が分からなかったです」
神野は呆れ返った。
裕子が自ら腰の角度を示したのに、証言席では否定している。それに、腹筋は膝の角度によって負荷が決まる。言わば、重要な要素である。
何という無能なインストラクター!
「腹筋マシンというのは、一般的には脚をひっかける場所がありますよね?」
「はい」
「膝自体は固定されているわけですね?」
「はい」
「にも拘わらず、触られた?」
「はい」
神野には、ここらのやりとりのKa検察官の尋問の意味が理解できない。
そもそも、膝が固定されていることと膝から太ももにかけて触ることの意味とはどんな関係があるというのか?
「腹筋マシンのトレーニング指導において、膝の角度と言うのは関係あるんですか?」
「関係ないと思います」
(この子は豆腐の角に頭をぶつけて、死ぬしか生きる道はない!)
(待てよ……。死んだら、生きる道はなくなるか!)
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