第2話 現実への侵食
私は看護大学の生徒だった。ペーパーテストに限って言えば、私は成績は良いほうであった。しかし、看護技術テストでは私は落ちこぼれであった。現実の混乱が原因であった。
私は技術テストのような他人、ましてや目上にあたる教員に見られて行うものに適応することが困難であった。技術テストではどれだけ練習を行っていても技術の順序がわからなくなり、時に左右さえわからなくなるほどであった。また、技術に必要な物品、患者役の生徒、教員がまるで生気のない人間か目には見えないカラクリか何かで動いているようだった。このような時、私は頭の中にはいつもサイレンが鳴り響いていた。このサイレンによって、私は自分が患者役の生徒に話している言葉、患者役の生徒の言葉、それを見ている教員の言葉が私には聞こえないか、聞こえてもそれは無機質な金属音で断片的に聞こえていた。私はこのサイレンを聞きながら周囲を見ると、生命的接触を失ったそれらが私を見つめており、私は叫び出しそうであった。
夏の夕方、炎天下の日、私はあの夢が現実を帯びて再び私を襲った。突然、私の歩いている歩道は、ぎらぎらと輝く太陽の下に照らし出され、それは永遠と果てしなく続く赤道に変わり、その歩道を歩いている人たちが皆、能面のお坊さんに変化し、私に向かって歩いてきているような感覚に襲われた。車道を走っている自動車は私を逃がさないために走っているように感じられ、歩道を照らし出す太陽は、命を失ったかのように機械的に、無慈悲に光っていた。私の髪を揺らす風は、残酷にも私を脅すように耳元で唸りをあげ、徐々に近づいてくる能面のお坊さんをみて、私の発作的な恐怖感から身体が氷結した。この非現実的世界をどうしたら脱せられるのか、そのようなことを必死に考えながら、世界が徐々に融解してもとに戻ることを待っていた。
まだ精神科に受診する前の私は、友人と一緒に勉強したり会話をすることで、現実の世界を取り戻そうとしていた。私の周囲のすべてのものが、人工的で機械的であり、カラクリ仕掛けように感じた。そのようなときは、この非現実感を追い払うために、過度にテンションを上げて笑ったりして、生命を取り戻そうと努力していた。
相も変わらず、私の髪の毛を撫でる風は、撫でる瞬間に耳元でざわめいていたが、とうとうその風のざわめきに意味を私は見出していた。それは、地球を荒廃させるという前兆であり、一種の暗号であるような気がした。
私はこのことを精神科医に話した。精神科医は薬物療法で私を治療しようとしたが、私は薬物療法の副作用や、これは気持ちの問題であり、自分自身を自分で制御できないという事実を認めることができなかったため、薬物療法に反対し、精神療法を受けることを希望した。
しかしながら、表面的に見れば、私は少し周囲に過敏で落ち着きがなく、気分が常に高い程度で周囲には映っていたと思われる。実際に、私はいつも興奮気味で、甲高い声で笑ったり、悪ふざけなどをして怒られていた。これらは実際には症状がさせたものではなく、むしろ非現実的な恐怖感への抵抗であった。
私は精神療法を受ける中で症状が悪化し、一度入院することになったが、退院時には、身体的な体力は回復していたものの、精神的にはむしろ悪化していた。私は自身を打ち負かすあの圧倒的な恐怖感をこれからも扱っていかなければならない、という不安感を抱いて大学に戻るのであった。そして、大学に戻ってからの私は、もう「看護」大学での生活・講義・演習には適応できないほど、心的衰弱をきたしていた。
つまり、以前と同様、ペーパーテストでは私はとても優秀であったが、実習などの実技においては、私は入院以前より苦労するようになり、完全に看護学生というアイデンティティの中で、知識と技術という釣り合いの感覚を完全に失っていた。
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