少女の体験記

@non-yuru-nurse

第1話 現実の混乱

 私、リアは、「それ」が初めて出現したことを今でもよく覚えている。


 22時の電気の消えた大学の廊下を私は歩いていた。窓の外の光がうっすら差し込み、廊下の床を照らしている。私はその照らしている光を眺めながら歩いていた。するとその時、「それ」は出現した。ある名伏しや難い感覚 ―私の周りの大学の廊下や周囲の物体がまるで石造や無機質な機械のようで、私自身の腕や足も何かの物体であり、生命的・生物的それを失ったような感覚― まるで、「現実から切り離された」感覚であった。私は初めは何が起こったのかと、不思議と落ち着いていたが、徐々に恐怖と不安が沸々と湧き上がってきた。私はその恐怖と不安に押しつぶされそうになり、大学の玄関まで走った。そして「世界をもとに戻す」、つまり現実感を取り戻すために、一言「アッ!!」と叫び、現実感を取り戻した。




 ある日のこと、私は友人のマニーとたわいのない会話を行っていながら、昼食をとっていた。しかし、マニーが口を開けて何か黄色いものを食べようとしたとき、私は突然、マニーがマニーであると認識することができない感覚に襲われた。私は平然を装っていたが、内心パニックになり、冷汗や動悸も出現していた。彼女の口が、とても大きく、私を飲み込んでしまうではないかと思うくらい、大きな口だったからだ。「ずいぶん大きな一口だね」なんて言ったものの、「何言っているの?普通の1口でしょ。ダイエットしろってこと?」なんて返答され、私が見ているマニーについて、マニーにそれを伝えることができなかった。




 ある講義の時、私は私を含め、この教室にいる人間たちがみな大学の監視対象であり、常に後ろのドアから監視されているような感覚に襲われた。私はその感覚が怖く、後ろのドアから死角となっている席を毎回座るようになった。しかし、その「監視」されている感覚は後ろのドアだけでなく、外の窓からも感じるようになった。それだけではなかった。私の周囲の座っている友人や周囲の人々が、まるで能面のような、無表情で私を見ている感覚になり、この現実から逃れるために、気狂のように、珈琲を何回も口にしていた。そしてこの能面で私を見つめる感覚は、私がその時見ていた夢と酷似していた。




 それはよく私を恐怖させた。夢の中で私は毎回お寺にいた。そのお寺で私は毎回何かを祈っていた。祈りを終え、ふと顔をあげると、能面のお坊さんたちに私は囲まれていた。そして、私をただただ見ているのだった。私は言った。「この世界に救いはありますか?」 能面の顔をした一人のお坊さんは無機質に冷淡に答えた。「そんなものはこの世にない」と。その瞬間私はそのお坊さんにたたき飛ばされ、他のお坊さんに喉をつかまれて窒息死させられるという夢だった。




 このような現象は、頻度を増していった。私は私をかわいがってくれるカヨ先生のところへ行き、自分が変だ、ということを伝えた。先生は真剣な顔をしつつ優しく私を慰めてくれた。しかし、彼女の微笑と言葉は私に安心を与えたのと同時に、恐怖を与えた。先生が何かを発してくれた瞬間、現実が稀薄になり、先生の言葉がナイフで切断され、切断され言葉が私の頭の中を金属の音を奏でて不条理に回転し、その言葉には温度すら存在せず、何を言ったのかも認識することができなかった。私は偽りの笑みと用事があるということで、すぐに先生の研究室を出た。その日、私を救ってくれたのは、友人のマニーが男の子に振られた、というくだらない話しであった。




 それ以来、私はこの「現実の混乱」から現実を落ち着かせると、今のはなんだったのか、程度しか考えず、特に悩むこともなく過ごした。しかし、この非現実感は、私の生活をゆっくりであるが、確実に侵食してきた。


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