18本目 涙の理由 2

「だって俺たちが作るのAVじゃん!」


 スーツは続ける。


「しかもこれ痴漢ものだよ!?AVで!痴漢もので!この冒頭は誰に聞かせてどうすんだ!」


「でもAVだって映像作品ですよ!見た人が涙を流すような感動があっても良いはずです!」


「上は泣かなくていいの!下の息子を泣かせるんだよ!性的に!」


 二人がヒートアップして目線で火花を散らしていると、会議室を出てすぐの階段から足音が聞こえてきた。


 そして足音がやむと、おもむろに会議室の扉が開かれた。


 

「いったいどうしたんだね」


「社長!おはようございます」


 激論続く中、恰幅の良い禿頭の男が怒号を聞き付け、会議室へ入ってきたのだ。


 スーツが頭を下げると、Tシャツも遅れて会釈した。


「次の企画の話かね?議論するのは感心だけど、どうしたのかな」


「あの、実はですね...」


「社長!これ、読んでください!」


 スーツの応答を遮り、Tシャツは冒頭のシナリオを社長へ手渡した。


「急だねぇ、まあでも、良いでしょう」


「こんなの読んでもしょうがないですよ...」


 快諾した社長は座るでもなく、すぐに分厚い資料を読み切り、ページを整えた。


「どうでしょうか...?」


 社長は震えた手と、震えた声で言った。


「.....っ、素晴らしい!」


 Tシャツに向き直った社長の目には一筋の涙が光っている。

 社長は上から泣いていた。


「これは傑作と言うしかないよ、GOサインだ」


「えぇ!?なんでえぇ!だってAVだよ!?おかしいでしょどう見ても!」


 全く腑に落ちないスーツをよそに、社長はTシャツへ語り掛ける。


「昔、私がエロゲーを作っていたころ、『泣きゲー』というジャンルが流行ってね」


 Tシャツは真剣な眼差しで社長を見つめ、聞き続けた。


「『泣きゲー』とは、つまり泣けるアダルトゲームのことで、アダルトゲームのシナリオにおいても、ただエロシーンを見せるだけじゃなくて、重厚なドラマを描くことでプレイヤーを感動させたゲームが何本も出たんだ。君の書いたモノからは、まさしくそれと同じ感動を感じたんだよ。改めて、素晴らしい作品だよ!」


「ありがとうございます!!」


 社長とTシャツはともに目を潤ませながらガッチリと握手を交わした。


 そして、放心状態のスーツは、焦点の合わない目で窓の外の青天を見つめるしかなかった。



×  ×  ×



 そして3か月後、完成したAVは、最初こそ「抜けるかの微妙」との評価だったが、そのストーリーの完成度からファンの間を伝播、さらに大人気配信者や各種ニュースサイトが大々的に取り上げたことで、遂にはAVとして異例の100万本を売り上げた。勢いは止まらず、全年齢版の制作や続編の決定、一部映画館での上映、大手配信サイトで人気の海外ドラマやアニメを抑えて視聴数1位を記録、「泣きエー」は新語・流行語大賞にノミネートされ、主演女優のテレビ出演が激増するなど社会現象となった。


×  ×  ×


「あの後、消えちゃった彼はどうしたんだろうかねぇ」


「元気にしているといいのですが」


「とにかく、一段落ついてよかったじゃないか、ハッハッハッ」


「どれもこれも社長のおかげですよ!」


 自らが制作した作品のオリジナルTシャツを纏った男は、笑いながら通話相手に言った。


「社長、今度はどんな企画にしますかね?」


「実は私の知り合いに、ハリウッドで映画を作っている女性がいてね、君にも興味があるそうだよ」


「じゃあ、次の企画は...」


「次の企画は...っ!」


「「泣きエー in HOLLY WOOD!!」」



 おしまい

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