15本目 僕とボールとあの人と

 小学生のころ、友達とサッカーをしていたある日。僕がふざけて思い切りけったボールは、ゴールではなく明後日の方向に飛んでしまいグラウンドを囲うネットを超えて隣接した茂みに入ってしまった。直線距離では近いのに、なんとも取りに行きづらい場所だ。


「あー」

「とってこいよー」


 やむなく一度グラウンドを出て車道を経由し、隣にある駐車場側から茂みに入る。姿勢を低くしながら、ボールが落ちたであろうあたりの雑木を分けていく。


「あれか」


 白黒の球体を目視で確認したその時、「遠き山に日は落ちて」のメロディが聞こえてきた。


「5時だ」


 5時の鐘が鳴ると、僕たち子供は半強制的に解散となって家路につく。みんな家が近いので、あまり誰かを待ったり一緒に帰ることはない。しかし、僕にはボールをふっ飛ばした張本人としての責任があるし、そもそもこのボールは僕のだったから、やっぱりそれを回収しないことには帰れなかった。


 低木の枝をかき分けながら進み、なんとかボールの前まで来たが、枝が多くて手が届かない。しかも、ボールのすぐ上には、大きめのクモの巣があったので、僕は慎重に足を伸ばしてつま先で寄せることにした。


 すると、なにやら視界の左端に人の影が見えた。しかも、視線は僕のほうを向いている気がして、なんだか嫌な予感がする。


 僕はこのタイミングで、学校の帰りの会で先生が話していた不審者情報のことを思い出した。聞くには聞いたが詳細は覚えてない。


 首をそのまま、目線だけを左端に向けると、その人はまだそこに立っていた。シルエットからして子供ではないし、たぶん大人の男だと思う。


 そう思うと、暗くなっていく夕方の空も相まって急に怖くなってきた。


 ボールに手が届くまであと少し。あの不審者(仮)を警戒すべく、僕はクモの巣接触覚悟でぐっと手を伸ばしてボールを取り戻した。


 すると、僕がボールに手で触れたタイミングで、今度はあの人の影が動いた。


 ヤバイヤバイと何かを感じた僕は、急いでまた雑木の狭い道を戻り、全速力で家に帰った。



 ×  ×  ×



 今の仕事が落ち着いてきたので、私は休みを利用してしばらくぶりに地元へ帰ることにした。


 そして、久々の地元を懐かしむべく散歩をしていると、昔よく遊んだスポーツ公園にたどり着いた。


 ちょうど数人の子供がサッカーをしているのが見えたので、少しのあいだ眺めていると、一人の子がボールを大きく蹴り上げて、公園の外に飛ばしてしまった。


 フラッシュバックというのだろうか。ふと私は、昔ボールをふっ飛ばした時のことを思い出した。


 彼もまた私と同じように、ネットを越え彼方に飛んだボールを取りに行った。幸いボールは駐車場の真ん中に転がっていて、クモの巣に怯える心配もなかった。


 当時の記憶を思い起こそうとしていると、ボールを飛ばした彼がグラウンドを出るあたりで、


「あっ」


 午後5時を知らせる鐘が鳴った。


 ここまで一致するなんて、さすがに驚いた。しかも、ボールへ向かう彼を残して他の子が帰ってしまうところまでそっくりだった。


 勝手に親近感を覚えた私は、ひとりでボールを取りに行く彼を放っておけない気持ちになった。


 せめてボールを拾うまでは見届けよう、そんなことを思っていると、彼がボールを手にしたタイミングで、不意に目が合ってしまった。


 私が少し驚いた表情をすると、彼はくるっと背を向けて走っていった。


 そのとき、私は十数年前にも同じように「僕」を見つめていた、いや、見守ってくれていた「あの人」のことを思い出して、少しだけ感謝した。

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