第112話 捨てられる不安
翌朝、緊張しながら冒険者ギルドに出勤すると、修理屋の屋台には「閉店」の
ミカエルさんが指示したんだろう。
ドキドキしながら奥の階段を上がって工房に行くと――ミカエルさんはいなかった。
ほっとした気持ちと不安な気持ちがない混ぜになる。
魔導具は触っちゃいけないって言われたから、修理の練習をする事もできなくて、何もすることがない。
仕方がないので、読み書きの練習をすることにした。
文章は文法がわからなくてまだ難しいけど、単語はだいぶ分かるようになってきた。
生活に必要な物は口に出して話せば済むから、
単語がわかれば修理のレシピもわかるようになるしね。
簡単な魔導具の修理しかやらせてもらえないし、今や魔導具に触るのさえ禁止されていて、レシピを読むようになれるのはいつになるか分からないけど。
勉強したり、帳簿をつけたり、掃除をしたりしながら、私はミカエルさんが来るのを待った。
でも、終業時間になっても、ミカエルさんは工房に来なかった。
これまでも一日中顔を見せない日はあった。そういう時でも特に連絡は来ない。
だけど、こんな時に来てくれないと、どんどん不安になってしまう。
ランプもつけずにいた薄暗い工房は、一人でいるとやけに広く思えた。
このまま来てくれなくなったらどうしよう。
ミカエルさんは王宮にも研究室があるから、この工房に来なきゃ仕事ができないわけじゃない。
家にだって研究室を造ることができる。
ミカエルさんが私を弟子にしておく必要なんてないんじゃないか。
「私、本当にミカエルさんの弟子でいられなくなっちゃうかも……」
声に出すと、泣きそうになった。
候補の人たちに全部断られちゃって消去法でミカエルさんがお師匠様になったけど、もうお師匠様はミカエルさん以外に考えられない。
「帰ろ……」
このままここにいると、本当に泣いちゃいそうだ。
私は赤くなった目を職員さんに見られないように
家の扉にカギを差し込んだ時、隣の部屋のドアが開いた。
ルカだ。
「飯作るけど、食うか?」
「食べる!」
現金なことに、私の気分はルカの一言だけで急上昇した。
「できたら行くわ」
「うん!」
うきうきしながら、自分の部屋に入る。
部屋を少し片付けて、一人でルカを待った。
そのうちに、また不安がぶり返してきた。
ミカエルさんがいなくなったら、私は修理屋を続けられないかもしれない。
ギルトにもいられなくなって、また仕事を探さなきゃいけなくなるかもしれない。
そんな訳ないってわかってるけど、不安はどんどん膨れ上がっていった。
トントン、とノックの音がした時には、私の目には涙が溜まっていて、ドアを開けてルカの顔を見たらぽろっと涙がこぼれた。
「ルカぁ……」
「っ!?」
突然泣き始めた私にルカはぎょっとする。
「どうしたんだよ、急に。さっきはそんなんじゃなかっただろ」
ぐすっと鼻をすする。
「まずは中に入れろ」
「うん……」
招き入れると、ルカはテーブルの上に持っていたトレイを置いた。
「どこか痛いのか?」
「ううん」
「嫌な事があったとか」
「仕事でちょっと、不安になっちゃって……」
「肉体的な問題じゃないなら取り合えず食え。腹が減ってると思考がネガティブになる」
「うん……」
ルカが椅子に座り、私も向かいの椅子に座った。
一緒に持ってきてくれたスプーンを手に取る。
今日のメインは手羽元のトマト煮だった。ニワトリじゃなくてコカトリスで、トマトもトマトじゃないに決まってるけど、味はトマト煮だ。
ルカのご飯をちゃんと味わいたくて、私は頑張って涙を引っ込めた。
「美味しい……」
スープを飲むと、あったかくて体がほわほわした。
そしたら、我慢していたのに、向こうで食べ慣れていた味にまた
おうちに帰りたい。
急に家が恋しくなった。
お母さんやお父さんに会いたい。お兄ちゃんにも会いたい。
一度考えたら止まらなかった。
「泣くな泣くな」
「ごめっ」
「話は後で聞いてやるから」
「うん……ありがと……」
食事の時に目の前で泣かれているなんて気分が悪いだろうに、私がぐしぐしと泣きながら食べ終えるまで、ルカは文句の一つも言わなかった。
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