第113話 報告の約束

 食事が終わったあと、一度トレイを下げに部屋に戻ったルカは、木のカップに紅茶を入れて持って来てくれた。


 紅茶の味は向こうと同じだ。これも本当は紅茶じゃないけど。なんか、鰹節かつおぶしみたいに、魚を乾燥させたものを削っているらしい。


「落ち着いたか?」

「うん……」


 美味しいご飯を食べ終えて、ようやく私は落ち着いた。


 お腹がいているとよくないっていうのは本当みたい。


「で、何があったんだ? ホームシックか?」

「ううん」


 家に帰りたいと思ったのはそうだけど、きっかけはそれじゃない。


「ミカエルさんに、師匠をやめるって言われるような気がして……」

「はぁ? いやそれはないだろ」

「なんで?」


 きっぱりと言い切るルカに、私は聞いた。


「お前魔導具師だろ? そんなレアな人材を手に入れといて、わざわざ自分から手放すわけない。下手すりゃ一族に加えるとか言い出しかねない」

「プロポーズはされた」


 びしり、とルカが固まる。


「マジかよ……。いつ」

「最初に会った時」

「節操ねぇな」


 呆れたように言い、ルカは椅子の背に寄りかかった。


「そこまでするヤツが、自分から師弟関係を切ったりするもんか」

「それは、そうだけど……でも私のこと、厄介やっかいって……」

「どでかい失敗でもやらかしたのか」

「失敗っていうか……」


 私はルカに今日あった事を話した。


 話していくうちに、ルカの顔がだんだん曇っていく。


 最後まで話した後、ルカはテーブルに両ひじを突いて、頭を抱えた。


「なんでお前はそう……」


 はぁ、とため息をつかれて、ドクン、と心臓が大きく鳴った。


 ルカも私の事を厄介者だと思ったんだ。


 関わりたくないって思われたら、もうこうやって一緒にご飯を食べる事はできなくなる。


 それどころか、話すらできなくなるかもしれない。


 唯一の友達なのに。


 またじわっと涙がにじんできた。


「こういうことはだなぁ――って、なんで泣くんだ」

「だって、ルカが、私と関わりたくないって……」

「んなこと言ってないだろ。妄想を暴走させてんなよ。俺がため息をついたのは――」


 びしっと鼻先に指を差される。


「お前が無防備過ぎるからだ!」

「無防備?」

「そんな大層なことやっておいて、他人の俺にほいほい話すな。危ないだろ。っていうか、まずそんな大層なことをするな! なんだよ素材使わずに修理するとか、上級の魔導具にしちまうとか! 挙げ句の果てに、宝箱をひらけるだって!?」

「そんなこと言われたって、私だって、やろうと思ってやったわけじゃ……」


 足りない素材を補うのは自分の意思でやったけど、魔力だけで修理しちゃうのも、水竜の盾を水神の盾にしちゃったのも、宝箱の魔導具をけちゃったのも、意図いとしてやった訳じゃない。


「話したのだって、ルカだからで、誰にでも言うわけじゃ……」


 私の言葉を聞いて、ルカは天井をあおいだ。


 そしてまた、はあ、とため息をつく。


 今度は呆れられただけって分かった。どうして呆れられたかはわからないけど。


「やっちまったもんは仕方がない。だけど、たぶんミカエルは今日の事を隠そうとするだろうから、お前も口外するな。ミカエルに言われなかったか?」

「あっ」


 私は口元に手を持っていった。


「宝箱の事は、言っちゃ駄目って言われてた!」

「なら言うなよ!」

「だってルカだし……」

「俺の事信用しすぎだろ」


 だってルカだし。


 私も、なんでこんなに安心できるのかはわからないけど、ルカは信用できるって思ってる。


 いつの間にか、一番信用できていたリーシェさんよりも、ルカの事を身近に思えてきていた。


 ルカはイライラしたように、トントンと指先でテーブルを叩く。


「もう二度と話すなよ? バレたらどうなるかくらい、想像つくだろ」

「うん」

「こっちはお前のいた所みたいに甘くないんだ。気を抜くと簡単に死ぬぞ」

「うん……」


 強い口調で言われて、私はうつむいた。


 わかってはいたんだ。危ない所なんだって。


 ルカは、私のいた田舎とは違って王都は危ない、って意味で言ったんだろうけど、こっちの世界全体が、あの安全な日本とは全然違う。

  

 わかってはいたはずなのに、今日もミカエルさんに危ないって言われていたのに、こっちに来た頃あんなに危ない目にも遭ったのに、最近生活にも慣れてきて、気を抜いてしまっていた。

 

 ここまできて、はっとする。


「もしかして、聞いちゃったルカも危ないんじゃない!?」

「まあそうだな」


 そんな!


「どうしよう……! 私ルカのことなんて守れない! ミカエルさんにお願いして護衛つけてもらわないと!」

「いらない」

「駄目だよ!」

「自分の身くらい自分で守れる。邪魔なだけだ」

「でも――」

「言っただろ。俺は護衛もやってる。護衛対象を守ることに比べれば自分自身なんて余裕だ」

「そう……?」


 心配だ。


 だけど、本当に邪魔になるなら、ミカエルさんにはお願いしない方がいい。


 前にナイフを取り出した見せてくれた時には目に見えないくらいだったし、きっと大丈夫なんだろう。


「もうペラペラしゃべるなよ?」

「うん。もうルカにもしゃべらない」

「いや、俺には言っておけ」

「大丈夫?」

「大丈夫」

「わかった」


 こくんとうなずくと、ルカは目を片手で覆ってまたはぁとため息をついた。


「駄目だった?」

「いや、いい」


 いいって顔じゃないけど。


「とにかく、ミカエルが自分からお前を手放すことはない。そこまでの素質があるなら尚更だ。あいつはお前を悪いようにはしないだろうから、ちゃんと言うことを聞いて、従っとけ」

「わかった」


 ルカに言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。


「で、俺には報告な」

「わかった」

「なら話は終わり。部屋戻るから」

「うん。今日はありがとう」


 立ち上がったルカは、じゃあな、と言って、部屋を出て行った。




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 書籍化決定しました。いつも読んで下さってありがとうございます。

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