第111話 厄介な弟子

「持ち込まれたのは全て水竜の盾だった」

「え、でも、これは水神の盾なんですよね?」

「……」


 ミカエルさんが何を言いたいのかさっぱりわからない。


「水神の盾は、水竜の盾の上位互換の魔導具だ」

「それは名前からなんとなくわかりました」

「水竜の盾を水神の盾にしたんだ」

「わざわざすり替えたって事ですか? 誰が? 何のために?」


 逆ならわかるけど、なんで下位互換の魔導具とすり替えるの?


「やったのはお前だ!」

「私!? すり替えてなんていませんけど!?」


 名探偵が犯人を名指しするみたいに言われて、すごく焦った。


「ここまで言ってなぜわからないのだ……」


 そんなこと言われても。


「いいか、これは元は水竜の盾だった。それをお前が修理して、水神の盾にしたんだ」

「修理って、魔導具の性能アップ……っていうか、別の魔導具にしたりもできるんですか?」

「できる訳がないだろう!!」

「えぇー……」


 ミカエルさんが言ったのに


「そのような話は聞いたこともない。だが、セツが修理する前まではこれは確かに水竜の盾だった。修理の後に水神の盾になっていたという事は、セツが変えたとしか考えられない」

「そんなわけないですよ。見間違えじゃないですか。これは最初から水神の盾だったんですよ。それか、夜のうちに誰かがすり替えたんです」

「誰が? どんな理由で?」

「いや、わかりませんけど」


 ミカエルさんはテーブルに両手をついて、はぁ、と大きくため息をついた。


「わたしだって何を馬鹿げた事をと思っている。だが、現実に起こったのだから、研究者としてそれを見なかったことにはできない。これはセツが魔力を使って起こした現象なのだ。よく観察できなかったのが悔やまれる」


 ぐっと両手のこぶしを握り締めて、ミカエルさんは顔をしかめた。本当に悔しそうだった。


 とそこに、コンコンとノックの音がした。ガンテさんだ。


「ミカエル様、修理の程はいかがでしょうか。そろそろ納品に向かわなくてはなりませんが」

「ああ、そうだった。まずは先にそちらだな」


 ミカエルさんは頭の後ろをかいてから、ガンテさんに盾を運び出すよう指示を出した。


 ガンテさんが一度いなくなり、すぐに使用人の人たちを連れて戻って来る。


 最後の一枚が水神の盾だった事がバレてしまったけど、手違いがあったようだ、とミカエルさんが誤魔化した。


 水神の盾を修理するとすればたぶん別の材料が必要なんだけど、ガンテさんにはそこまでの知識はないみたい。


「セツ、しばらく魔導具に触れることを禁じる」

「ええっ!?」


 盾が全部運び出されて工房に二人だけになると、ミカエルさんは厳しい声で言った。


「お店はどうすればいいんですか!?」

「休業だな」

「なんでですか!」

「なぜかだと? さっきのような事が起こったら困るからだ。魔力をかなり持って行かれただろう。また倒れたいのか?」

「さっきのは、たまたまで……!」

「制御できていないから駄目なのだ」

「ぐっ」


 ミカエルさんがポーションを飲ませてくれなければ危なかった、という自覚はある。


「でも、今までは大丈夫だったし……」

「駄目だ。一度できた事は容易たやくなる。またすぐにやらかすはずだ」

「でもっ」

「でもではない。駄目なものは駄目だ」

「ミカエル様――」


 ガンテさんがミカエルさんを催促にきた。


「これからわたしは王宮に盾を納めに行ってくる。セツはもう帰れ。明日は出勤してもいいが、魔導具には触れるな。投擲とうてき弾の性質変化も駄目だ」

「投擲弾も!? そんな、それじゃあギルドの仕事が――」


 なんとか説得しようとしたけど、ミカエルさんは許してくれないまま、工房を出て行ってしまった。


 二人の会話が廊下から聞こえて来る。


「トラブルですか?」

厄介やっかいなことになった」 


 厄介って何。


 ため息交じりの声を聞いて、むっとした。


 そりゃあ、制御できないのは厄介かもしれないけどさ。


 私は自分の手の平をまじまじと見つめた。


 終業時間には少し早かったけど、今日の分の投擲弾の仕分けや性質変化はもう終わっていて、修理の依頼も来なかったから、言われた通りに家に帰った。


 ベッドに潜り込んで、今日あった事を反芻はんすうする。


 今日は色んな事がいっぺんに起こった。


 まず、盾の修理を手伝った。材料を使ったり、魔力だけで修理しちゃったり、足りない素材だけを魔力で補ったりもした。


 最後に魔力を使って水竜の盾を水神の盾にした。


 あと、宝箱の魔導具を開けられちゃうこともわかった。


 ミカエルさんが厄介だと言っていた事も思い出す。


 あんな言い方しなくたって。


 修理が間に合ったのだって、私が手伝ったお陰なのに。


 怒りの感情の後、今度は不安が襲ってきた。


「師匠をやめるって言われたらどうしよう……」


 一度決まったらそう簡単にやめる物ではないらしいけど、私とミカエルさんは命令じゃなくて互いの意思でなったから、本気でやめようと思えばやめられる。


 厄介って事は、関わるのが面倒って事だよね。


 どうしよう。どうしよう。


 その夜、私は不安で眠れなかった。

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