第110話 水神の盾

「で、だ。青真珠が手に入ったから、修理の続きを頼む。といっても、もう最後の一枚しか残っていないのだがな」


 そうだった。


 宝箱が開いちゃった衝撃で頭から吹っ飛んじゃってたけど、用があるのは外側じゃなくてその中身だ。


 ミカエルさんが魔力で宝箱を開け、私はそこから青真珠を二つ取り出して、裏返しになっている最後の盾の上に置いた。


 せっかく全部の材料がそろったんだから、魔力を使わずに材料だけで修理したい。


 魔石の一つを手に、いざ修理。


 ……と思って挑んだのに、一瞬で手の中の魔石から魔力が抜けてしまい、呆気あっけなく失敗した。


 もうあまり時間がないのに。


 窓からの日がずいぶん傾いている。


 焦ってしまったのか、さらに立て続けに失敗してしまった。


「落ち着け」

「はい」


 後ろでいざというときのために腕で私を囲って構えているミカエルさんが、とんとん、と私の二の腕を叩いた。


 私は胸に両手を当てて、大きく深呼吸をした。


 この盾は、モンスターと戦う兵士さんたちが必要としている。


 私が修理すれば、その人たちの役に立つ。


 どんなモンスターと戦うのかはわからないけど、きっと炎を使ってくるモンスターだよね。


 シマリスなんかよりも、ずっとずっと大変な相手に決まってる。


 助けになりたい。


 私ができる事はこれだけだ。


 修理してピカピカになった所を想像して、私はゆっくりと魔石を近づけた。


 この盾が、モンスターと戦う人を守ってくれますように。


 そう強く思いながら、私は魔石を盾にぶつけた。


 途端――。


「わっ」


 盾がまばゆく光った。


 そして、盾に触れていたところから、ずるっと体の中身を全部引き出されるような感覚がして――。


 あ、これ、結構ヤバいやつ。


「おいっ」


 暗転する視界の中、焦ったミカエルさんの声が遠くに聞こえた。


 ――かと思うと、ぐいっと口の中に何かをねじ込まれた。


「むぐっ」


 そこから注ぎ込まれたのは、もちろん魔力ポーション。


 力の抜けた口の横からドバドバこぼれていって、私は慌ててなけなしの力を振り絞ってビンの口に吸い付いた。


 ほとんど中身のこぼれてしまったビンは、しゅぽん、とすぐに口から離れていった。


 今度こそがくりと力を失いそうになった所に、またビンの口がねじ込まれる。


「ぐっ」


 さらにもう一本。


「待っ」

「いいから飲め」


 そしてもう一本。


「ちょっ、待っ」


 五本目のコルクを抜いた音がした時、私は両腕を振って暴れた。


「もう大丈夫ですって!」

「あと一本飲んでおけ」

「ポーションでおぼれちゃいますからっ!」


 心配そうな顔をしていたミカエルさんが、ほっと表情を緩ませた。


「大丈夫そうだな」

「ありがとうございました」


 ミカエルさんの腕から抜け出した私は、髪から服からポーションまみれになっていた。


 私を抱えていたミカエルさんも同様だ。高そうなシルクのシャツが、真っ赤なシロップでまだら染めになっている。


「修理は……できてますね」


 伏せてある盾はピカピカになっていた。損耗率はなくなっている。


「材料は使えたみたいだな。なのになぜ魔力まで使ったのだ?」

「なぜでしょう?」


 盾の上には材料は残っていなかった。


 光の球になって吸い込まれた所は見てないけど、消えたと言う事は、盾に吸収されたんだろう。


 なら、私の魔力は何に使われたんだろう。無駄に体から抜けてっただけ?


 二人並んで流しで手を洗いながら、自分の両手をまじまじと見る。


 魔法を使う時も、下手なうちは魔力を余計に使っちゃうものらしいけど、修理でもそうなるの?


 ミカエルさんの表情をそっとうかがうと、ハンカチで手を拭きながら、険しい顔をしていた。


 また怒られるかな。


 でも今のは不可抗力だよね。ミカエルさんの許可ももらってたし。


 制御できるまで修理禁止! とかは言われそう。


 せっかく役に立てるようになってきたのに。


 しょんぼりしていると、手を拭き終えたミカエルさんが盾に近づいて、ひょいっと持ち上げ――。


 ゴトンッ。


 ミカエルさんの手から滑り落ちた盾がテーブルに当たって、大きな音を立てた。


「どうしたんですか?」


 新品でもない盾を多少乱暴に扱ったところで今さら何がある訳でもないけど、私とミカエルさんは、任せられた商品だからということで、そこそこ丁寧に扱ってきた。


 なのに、ミカエルさんが盾を落とすなんて。


「セツ……」


 ミカエルさんがこっちを見て困った顔をした。


「え、まさか修理失敗してました? でも曇りは取れてますよね」


 近づいていくと、ミカエルさんが裏返しになっている盾をひっくり返し、表面おもてめんを上にした。


 何も問題があるようには見えない。


 首をひねっていると、ミカエルさんが隣の盾もひっくり返した。


「あれっ? 違う!?」


 二枚の盾の見た目が異なっていた。


「こっちが水竜の盾で……じゃあ、こっちは?」


 私は今修理したばかりの方の盾を指差した。


水神すいじんの盾だ」

「へぇ」


 竜より神様の方が強そうだから、こっちの方がすごい盾ってことなのかな。


 ミカエルさんがじっと私を見ている。


「違うのが混ざってたんですね?」

「……」

「違う盾だから修理の材料も違ってて、それで材料が足りなかったんですよね?」


 足りない材料の分が私の魔力で補われたってことだ。青真珠なしで水竜の盾を修理した時みたいに。だから魔力が抜けて倒れかけた。


「……そうではない」


 ため息が落ちた。

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