第109話 宝箱
「誰の魔力が登録されてるんですか?」
「それを聞くのはマナー違反だ」
何気なく聞いた私は、ミカエルさんに
「そうなんですね。ごめんなさい。でも、どうしてですか?」
「中身によっては身に危険が及ぶからだ」
「えっ!?」
無理やり開けさせるってこと!?
物騒すぎる!
「中に入ってるのは青真珠ですよね?」
「ああ。だから、この程度の箱でハインリッヒ公爵家に
「なるほど。ちなみに、例えばどんな物だと危ないんですか?」
「聞きたいのか?」
ミカエルさんが意味深な顔をした。
あ、これ、知らない方がいいやつ?
「やっぱり――」
「稀少な素材や魔導具や財宝もそうだが、最たる物は王宮の宝物庫だろう。王族にしか開けられない。今だとウルド王とダイヤだな。他にも武器庫など王宮にはいくつかカギの掛かった部屋がある」
遠慮しようと思った私の言葉は
ひきつった顔をした私に、ミカエルさんが笑顔を見せる。
「安心しろ。これは公知の事実だ」
ほっと息をついたのもつかの間、ミカエルさんは爆弾発言をする。
「万一の時のために他にも開けられる者がいることは伏せられているがな。例えばわたしとか」
ひぇっ。
「ど、どうしてそういう大事な事を言っちゃうんですか!!」
ぽろっと私が話しちゃったらどうするの!?
「はははっ。わたしだけでは開けられないから心配するな」
その情報だって
私は話題を変えることにした。これ以上危ない事は聞きたくない。知らさ過ぎるのも危ないけど、知りすぎても危ないって事は私にだってわかる。
「で! これは誰が開けられるんですか?」
あ、聞いちゃ駄目だって言われた事をまた聞いちゃった。
「わたしとガンテだ」
今度は普通に教えてくれた。
「他の人は絶対に開けられないんですよね?」
「ああ。解錠の魔導具でもなければな」
「そんな魔導具まであるんですか!?」
泥棒が鍵穴をカチャカチャやる針金が思い浮かんだ。宝箱の魔導具には鍵穴はないけど。
「わたしも見たことはないがな。王宮の宝物庫ともなればそれこそ伝説級の――」
「もうその話はいいですから! とにかく、この箱は、ミカエルさんとガンテさんじゃないと開けられないと思ってていいんですよね?」
「まあ、そうだな」
魔力の見えない私からしたら、魔力がカギになってるってのは変な感じだ。
一人一人違うってことは、指紋みたいなものか。
そう考えたらしっくりくる。私のスマホもロックを外す時は指紋認証だった。
ギルドの身分証明証も魔力が登録されているらしいし、この世界では一般的な物なのかな。
私はもう一度箱を持ち上げて、留め具の部分を触った。
何気なく留め金のフックを
すっと魔力が抜けた感じがした。
パカッ。
「あれ?」
「は?」
箱は普通に開いた。無理やりこじ開けたとかじゃない。
中に入っていた青真珠がこぼれそうになって、斜めに持った箱を水平にした。
「あの、これって……」
目をパチパチさせる私の前で、箱を奪ったミカエルさんはバタンッと勢いよく
「おい、そこの!」
「はい、なんでしょうか」
追いかけて入り口から廊下に顔を出すと、通りかかったギルドの職員さんを捕まえたところだった。
「この箱を開けてみてくれ」
フックも掛けていないそれを渡す。
「これを私が? 開かないと思いますが……」
「やはり開きません」
ぐっと力を入れたところを見たけど、開く様子はなかった。
「開かないな……。ご苦労だった」
ミカエルさんは職員さんから箱を受け取り、作業場に戻ってきた。
「開けてみろ」
言われて両手で蓋を持ち上げる。
さっきと同じように、魔力が少し抜けた感じがして、蓋が開いた。
「なんか、魔力が……」
自分の指先を見る。
「宝箱を開けるときは魔力を使うから、抜けるのは正しい。だが……」
ミカエルさんが廊下の方を
「念のために聞くが、この箱に魔力の登録はしていないな? ガンテに言われただとかして」
「どうやって登録するんですか?」
「開けた状態で蓋の内側に指を置くのだ」
「やったことはないですし、宝箱の魔導具を見たのはこれが初めてです」
ミカエルさんは
もう一度入り口の方を確かめると、息を潜めた。
「いいか。このことは誰にも言うな。ガンテにもだ」
「えと、それって……」
戸惑う私に、ミカエルさんは沈黙を返してきた。
私の魔力で開けちゃってるってことだよね?
「どれでも開くんでしょうか……?」
まさかと思うけど、王宮の宝物庫も――。
「検証する訳にはいかないだろう。絶対に下手な事はするな。余計な事も考えるな。いまは何も起こっていない。箱はわたしが開けた。いいな?」
私はこくこくと頭を縦に振った。
これ以上は考えない方がいい。
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