第106話 接近注意
ぐらりと傾いた体は、倒れる前に受け止められた。
金色の髪が目の前で揺れて、ミカエルさんだ、と思った瞬間には、口にビンの口が突っ込まれていた。
「むぐっ」
口の端からポーションがこぼれてしまい、それ以上こぼさないようにと慌てて吸いつく。
「すぐに飲めと言っただろう」
「すみません……」
「もう一本飲め」
「え、いや、大丈夫です! 十分です!」
「半量ほどしか飲んではいないではないか。飲め」
「はい……」
口にビンが近づいてきて、仕方なくもう一本飲んだ。
うあ。甘い……。
「もう一本いくか?」
「いえ、今度こそ大丈夫です。そもそも、いきなり魔力が抜けてよろめいただけで、気絶しそうになった訳じゃないですから!」
ポーションを飲む直前も、あの時みたいな、体の中身がすっからかんになった感じはしなかった。
ミカエルさんの顔は懐疑的だったけど、追いポーションをすることなく、私を立たせてくれた。
ああ、服が……。
下を向くと、水色のワンピースに、イチゴ味のかき氷をこぼしたかのような赤い染みができていた。
ポーションの染みって落ちにくいんだよなぁ。
「着替えを持ってこさせる」
「いや、そんな……! あー……やっばりお願いします……」
こっちに来てから、
なんかシマリスに襲われた時のことを思い出すし。
「もうセツは休んでいろ」
「でも私がやらなきゃ終わらないじゃないですか」
たった今修理しようと頑張っていた盾を見る。
私の魔力を吸ってピカピカになっていた。
その上に乗っている魔石の魔力は失われていたけど、素材はそのまま残っている。
「それは、そうなのだが……」
さっき鳴った鐘から考えると、もう三時のおやつの時間くらいだ。夕方の定義が
申し訳ないけど、ミカエルさんのペースじゃ絶対終わらない。
「それとも、私の代わりに誰か呼べるんですか?」
「いや、それは不可能だ。他の所でもギリギリだろうから」
「じゃあ、私がやるしかないですよね?」
「まあ……そうだ……」
「ならやります」
「いや、だが、しかし……」
ミカエルさんは煮え切らない。
私のことを大事にしてくれるのは嬉しいけど、頼ってくれるのも嬉しいのに。
「本当に大丈夫です。魔力が全部抜けるわけじゃないですから。覚悟していればちゃんと対処できます」
貧血になったら慌てずにすぐにしゃがむこと。
それと同じで、すぐにポーションを飲めばいい。
今は
なのに、ミカエルさんは、頭を抱えたまま「うー」とか「あー」とか
「なら、ミカエルさんが見てて下さい。私が倒れそうになったら、またポーションお願いします」
私の提案に、ミカエルさんは目を丸くしたあと、あごに手を当てた。
「ふむ。その手があったな。わたしが修理をした所で焼け石に水だ。終わるかも怪しい。ならばセツを見守った方が早いだろう。だが、本当に大丈夫なのだろうな? 無理はしていないな? 魔力が枯渇すると命に関わると言った言葉は覚えているか?」
「大丈夫です。私だって命を懸けたりはしません。これでもすっごく怖がりですから」
「そうだな」
両手をぐっとにぎって力説すると、ミカエルさんは納得してくれた。
……怖がりだからって納得されるのはちょっと複雑だけど。
ミカエルさんはテーブルにフタを開けたビンを並べた。
そして私の後ろ、背中が触れるか触れないかという位置にぴったりと立った。
いや、近すぎじゃない?
しかも私が左右に倒れても平気なように両腕を広げて構えているものだから、後ろから抱きしめられる寸前みたいな形になっている。
「あの、もう少し離れてもらえませんか」
「前に倒れたら困るだろう」
「倒れないようにしますから」
たぶん不満そうな顔をしていると思うんだけど、ミカエルさんは一歩離れてくれた。
はいはい、年上好きだもんね。私は圏外ですよ。
でも全く意識されないっていうのも、元
そんなどうでもいい感情を頭の中から追い出して、私は目の前の盾に集中した。
水竜の
それらが全部乗っていることを確認する。
そして、魔石を一つ手に取って、もう片方の手で盾に触れる。
よし。
素材を使って修理~。素材を使って修理~。素材を使って修理~。
念じながら魔石を近づけていくと――また体から魔力が抜けた。
あっと思ったけど、その声を飲み込み、盾に触っていた手をポーションのビンに伸ばす。
ぐわしっとつかんで口に持っていく。
びくっとミカエルさんの両腕が動いて私を支えようとしたけど、私はちゃんと一人で立っていた。
「なぜ飲まない」
「いや、飲まなくても平気そうなので」
「それはよかった。が、次がある」
そうでした。盾はまだあるんでした。
私は自分の未熟さを呪いながら、ポーションを飲み干した。
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