第105話 初めての失敗

「セツ」


 呼ばれてメモから顔を上げると、ミカエルさんが真剣な顔をしていた。


「悪いが当てにしている。青真珠が届き次第、わたしと並行して修理を頼む。わたしだけでは終わりそうにない」

「ああ、はい。もちろん」

「すまない。危険なことはさせたくないのだが……」


 ミカエルさんが目線を落とす。苦渋の決断、といった表情だった。


「大丈夫ですよ。私もほとんど失敗しなくなりましたし。材料があればできます」


 倒れるかもしれないということより、ミカエルさんに頼られるのが単純に嬉しかった。


 コンコン、とノックの音がする。


「来たか」


 扉の所にいたのはダンテさんで、ミカエルさんに小箱を渡すと、私と会釈えしゃくを交わし、すぐにいなくなった。


 留め金のフックを外して、ミカエルさんがふたを開けると、中にはビロードが貼ってあって、青真珠がいくつも入っていた。


 ほっとミカエルさんが息をつく。


 私たちはさっそく修理の準備にとりかかった。素材と魔石をそれぞれ裏返した盾の上に置いていくのだ。


 最後に青真珠を二個ずつ乗せて……。


「あれっ!? 大変です。全然足りません!」

「残りは追加でくるそうだ」


 まだ遅れるの!?


 あと在庫も一個残ってたよね。


 棚の中から一個取り出して、ある分だけは盾の上に置いた。


「一応、できました」

「よし。では、修理にとりかかろう」

「はい」

「っと、その前に……」


 ミカエルさんは私の赤い液体の入った四角い小瓶こびんを渡してきた。魔力ポーションだ。


「万が一魔力を使って倒れそうになったらすぐさま飲め。フタは開けておくのだぞ」

「わかりました」


 受け取った私は、テーブルの上にフタを外して置いた。


 なんとなく、素材じゃなくて魔力を使ったとしても、巨大ランプの魔導具ほど魔力は持っていかれないと感じている。


 けど、魔力を使ってしまったら、たとえ大丈夫だったとしても、ミカエルさんはポーションを飲めというだろう。


 それは嫌だ。飲みたくない。


 そのためには素材で修理しなくっちゃ。


 魔石を一つ持ち、「素材を使って修理~」と念じながら盾に近づける。


 こつん、と当たった途端、素材が光の球になり、しゅぽんと盾に吸い込まれた。成功だ。


 ミカエルさんが一枚に集中している間に、私は立て続けに三枚の盾の修理をやり遂げた。


 その勢いが止まったのは四枚目。


 今までと同じように、強く念じながら魔石を近づけていく。


 でも、こつん、とぶつけると、魔石の魔力が抜けた。


 それだけだった。


 あれ?


 これって……失敗?


 隣のテーブルにいるミカエルさんを見ると、眉間にシワを寄せて集中していた。ふわふわとした髪の隙間から、こめかみが汗で光っているのが見える。


 いま声を書けるのははばられて、ミカエルさんには聞けなかったけど、魔石の魔力だけ抜けたんだから、失敗で間違いない。


 充填じゅうてんしちゃったり、自分の魔力だけで修理しちゃうことはあっても、失敗したのは初めてだった。


 突然修理屋としての素質がなくなっちゃったんじゃないか、って心配になる。


 大丈夫。損耗率は見えてるもん。魔導具師であることは間違いない。


 ミカエルさんと自分の手元の盾を交互に見ていたら、それに気づいたミカエルさんがこっちを向いた。


「不安ならば、その辺の魔導具で試してみればいい」


 それだけ言って、また集中モードに入る。


 なんでミカエルさんって、そんなに私の思ってることがわかるんだろう。


 魔導具師の先輩だから?


 私、顔に出すぎなのかな……?


 別の意味で心配になっちゃったけど、アドバイスはありがたく頂くことにする。


 自分のカバンからランプを取り出して、棚から蛍草ほたるそうと小さな魔石を持ってきた。


 毎晩使っているから、常にほんの少しだけ損耗率がたまっている。


 ランプの中の魔導具に魔石をぶつけると、魔導具はピカピカに戻った。


 ほっといた自分の息が意外に大きくて、私は思っていたよりもずっと不安になっていたらしい。


 修理はできなくなってない。


 だから、水竜の盾が修理できないのは、修理するのが難しいだけだ。


 気合いをいれなくちゃ、と自分の顔を両手でパチンと叩いた。


 そしてミカエルさんをならって、眉を寄せて盾をにらみつける。


 修理~、修理~、修理~。


 強く強く念じて、魔石を近づけていく。


 もう片方の手は、盾にぴったりとつけている。


 こつん、と魔石をぶつけても何も起きないから、くっつけたまま、さらにさらに念じる。


 修理~、修理~、修理~……。


 魔石を強く握って、目をぎゅっとつぶった時、ふわっと体が軽くなったような感覚がした。


「あっ……」


 まずいっ!


 その軽くなった分が吸い取られるように、盾に触れた手から魔力が抜けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る