第88話 修理のお品書き
次の朝、ギルドに出勤したら、正面入って右側の掲示板が並んだスペースの一番奥に、
トイレの個室くらいの本当に小さなスペースで、中にはカウンターと椅子しか置いていない。
朝一番にやってきた冒険者の人たちが、それを遠巻きにしていた。
その屋台の頭上の看板に大きく書かれていた文字は――。
「あれ、なんて書いてあるんですか?」
私に読める訳もなく、デルトンさんに聞いた。
「聞いてないのか?」
「何を?」
「修理屋って書いてあるぞ」
「え!?」
びっくりして看板をじっくりと見る。
確かに、なんか修理屋のおじさんの調査書に書いてあった単語に似てる……ような気もしなくもなくもない。
魔導具と魔導具師って言葉なら読めるようになったのに。
「あれってもしかして」
「セツの店だろう」
「ですよね」
私のお店なのだとしたら何の説明も受けてないのは変な話なんだけど、このタイミングで、どこかの修理屋さんがギルドに支店を出すことにした、なんてことはないだろう。さすがに。
左側のカウンターの中を探してもリーシェさんは見当たらなくて、取りあえずデルトンさんと別れて二階の工房に向かった。
工房に入ると、奥のデスクのところでキラリと金髪が光った。
ミカエルさんもう来てる!!
「おはようございます! 遅れてすみません!」
「おはよう。遅れてはいないだろう。まだ始業前だ」
「でも、ミカエルさんより遅かったので」
「わたしより遅いからなんだ?」
ミカエルさんが不思議そうに首を
弟子が師匠よりも遅いっていうのは問題ない、ってことなのかな? 部活では、先輩よりも後輩が先に準備を始めるのが当たり前だったけど。
戸惑っている私を置いて、ミカエルさんは視線を机の上へと戻してしまった。
私はミカエルさんの隣の机の上に鞄を置いて、椅子に座った。
ミカエルさんの机の上には魔導具と素材と魔石がたくさん置いてあって、ミカエルさんは魔導具片手に、紙に何かを書き込んでいた。
もちろん私には読めない。
文字が分かっていたとしても、流れるように書かれたそれは、達筆すぎて無理かもしれない。ブロック体だって怪しいのに、筆記体まで読めるようにならなきゃいけないなんて……。
ミカエルさんが持っているのは、見た感じ、水に関係のある魔導具だ。
曇りはそれほどないから、修理自体が目的なんじゃなくて、研究のために少しだけ損耗させた物なんだって思った。
「少し待っていろ。もう終わる」
「はい」
じっとミカエルさんの手元を見続ける。
ペンを持ったままミカエルさんが魔導具に魔石を近づけると、机に置いてあった素材が三つ、しゅぽんと魔導具に吸い込まれた。
ミカエルさんは真剣な顔でペンを走らせている。
正面の窓からふんだんに入ってきている太陽の光で、髪の毛どころか
ていうか睫毛なっが!
自分の睫毛を触って確かめる。同じ人間とは思えない。
カリカリと
「わっ」
バチッと音が出そうなくらい目がしっかり合って、私は思わず声を上げてしまった。
「なんだ」
ミカエルさんが顔をしかめる。
「なんでもないです」
「見とれる気持ちはわかるが、少しは隠そうとしろ」
ぼんっと私の顔が赤くなる。
「
「それを見とれると言うのだ」
「ぐっ……。それは、そうかもしれないですけどっ! でもそうじゃなくて……!」
確かに見入ってはいたけど、そういう気持ちがあったわけじゃない!
かといって、人外かと疑ってました、と言うのも
「わたしと結婚すれば好きなだけ見られるぞ」
「しません」
「そうか。残念だ」
「一階のは見たか?」
「修理屋って書いてある?」
「お前の店だ。今日からオープンする」
「今日!?」
何の準備もしてないけど!?
「準備は終わっている。これが
私の考えを見透かしたように言うと、紙を渡された。修理のメニューのようだ。
「これは……っ!」
「読めるのか?」
「読めません」
「だよな」
ミカエルさんは横からのぞき込みながら、順番に教えてくれた。
一番上が損耗率の鑑定で、その次からが魔導具の名前。最初のランプの魔導具と浄化の魔導具はもちろん、どれも見慣れた魔導具だった。
メニューの右側には数字が書いてあって、それは私にも読める。当然値段なわけだけど――。
「え、これ、高くないですか?」
損耗率を確認するだけで銀貨五枚。朝ご飯二回分より高い。
それどころか、ランプの魔導具や浄化の魔導具の修理代は、魔導具自体の値段より高かった。
ていうか、買うより高いなら修理する必要なんてなくない? 新しいの買った方が早いじゃん。
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