第89話 仕事の流れ

「買った方が安いのに、修理の需要ってあるんですか?」

「修理をすれば、次の使用時に壊れることはない。確率だから絶対とは言えないが、まずないだろう。その次もおそらく壊れない。損耗率が全くのゼロというのは案外必要とされる」


 投擲とうてき弾が二割ハズレの時と、一〇〇パーセント「当たり」だってわかっている時では大きくちがう。それと同じだと考えれば、一回目は絶対に壊れないって確信が持てるのは大事なのかもしれない。


「でも、浄化とランプの魔導具に、そこまでの確実性って必要ですか?」

「必要ないな。どちらもかさばる物ではないし、予備を所持しているだけで事足りる」

「じゃあもっと安くした方がいいんじゃないですか? 素材が高価だとか?」

「いいや、水鱗すいりん蛍草ほたるそうもありふれた物だ。収集クエストがないくらいに供給が多い」


 なおさら高額にする理由がわからない。


 修理は魔石と素材を魔導具に近づけるだけだし、私は素材も要らないのに。


「修理の価値を示すためだ。魔導具師は稀少な才能だから、安売りするのはよくない」


 そんなの納得できない。


 安くした方が、みんな幸せになれるんじゃないの? 私はそんなにお金が必要なわけじゃないんだし。


 不満が顔に出たのか、ミカエルさんが子どもを見るような目をした。


「相場というものがある。お前だけ価格を下げたら他の修理屋も下げてくるだろう。価格競争になれば立ちゆかなくなる。それに、修理屋の仕事は魔導具を修理をするだけではない」

「そうなんですか?」


 他に何をするんだろう。


「接客や会計、素材の在庫管理、修理レシピの勉強などやることはたくさんある。研究者が見つけたレシピの提供を受けるための費用もかかる。そういった諸々もろもろの業務の分も含めた価格だ。修理行為の対価だけ受け取ればいいわけではない」


 そっか。それは考慮に入っていなかった。


 だけど、それでも高すぎる気がした。


「いいから言う通りにしろ」


 なんだか言い方にむっとした。問答無用で師匠の言うことを聞けなんて、ちょっと横暴じゃないか。


「ミカエルさんがそう言うなら従いますけど……」

「しばらくやってみて、自分で思う所があれば変えればいい」

「あ……」


 ミカエルさんに言われて、私は自分の浅はかさに恥ずかしくなった。


 そうだ。私は何も知らないんだ。ちゃんとアドバイスは受けないと。自分の好き勝手にしてたらまた失敗しちゃう。


 ミカエルさんは私のことを考えて言ってくれてるんだ。


 教わる立場であることを忘れていた。


 ……今思えば、学校の先生に対しての態度もあんまり良くなかったかも。もっとちゃんと聞いておけばよかったかな。


「わかったか?」

「はい」

「なら、具体的な業務の話をするぞ」

「はい」


 ミカエルさんは、修理屋の仕事についての説明を始めた。


「修理の受注には、素材を受け取って修理するのと、材料を店側で用意するという二つの種類がある。まず後者から始める。なぜだかわかるか?」

「わかりません」


 素材を受け取って手数料だけをもらう方が楽なんじゃないの?


「セツは素材のしがわからないからだ。品質の悪い素材を使うと、素材と魔石は消費されるが、修理に失敗する。そうすると持ち出しで材料を用意しなくてはならない」


 そうか。ゲームだったら素材はアイテムの一つでしかないけど、現実では品質にばらつきがあるんだ。


 水鱗の入手方法はわからないけど、蛍草は植物だもんね。大きさとか、生育状況とか、新鮮さとかがそれぞれ違うから、良い物と悪い物があるに決まってる。


「ちゃんとした素材を使っても修理に失敗することってありますか?」

「ある。だが、素材の品質の悪いときとは違って、素材が消費されることはない。魔石の魔力が抜けるだけだ」

「それって、ランダムで起こるんですか?」

「いや、魔導具師の実力に左右される。その日の体調などでも成功率は変わってくる」


 へぇ。


 私にできることは増えていってるから、実力は上がっては来ているのは確かだけど、どこまで上がるかはわからない。


 ゲームみたいに、カンストするまでは経験値を積めば積むほどレベルが上がるって物でもないだろうし。


 だから修理屋のおじさんに利益が見込めないって断られたんだ。普通は小さいときに判明するから、たぶんそれから訓練するんだよね?

 

「素材ってどこから仕入れたらいいですか? 魔導具師用の問屋とんやとかありますか?」


 全然検討もつかない。


「最初のうちはわたしの研究素材を使うといい。品質は保証されている。もちろん費用は払ってもらう」

「わかりました」


 よかった。私に仕入れの交渉なんてできるとは思えない。


「普通は依頼を受けたら店の奥に引っ込んで修理するものだが、下の店にはそのスペースがないから、一度上がってきて、この工房で作業しろ」

「お店でやったら駄目なんですか?」

「失敗が続いたら印象が悪いだろう。成功したらしたで、大した手間も掛けてないのにと値切られる」


 私だって手数料が高すぎるって思ったくらいだもん。そりゃお客さんは安くしろって言ってくるよね。


「客が来たら、メニューを見せて、代金と魔導具を受け取って、ここで修理して、客に魔導具を返す。わかったか?」

「ええと……」


 遠慮がちに手を上げた。


「それって、私が修理しましたって嘘をついたらどうなるんですか? お客さんには損耗率は見えませんよね?」

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