第77話 一生の問題

 前にヨルダさんが他の魔導具師に弟子になって勉強しなきゃいけないって言ってたけど、お師匠ししょう様ってミカエルさんで決定なの?


「このに及んで他の魔導具師に依頼するつもりなのか。選ぶ権利はあるが、承諾がもらえるとは限らないぞ」

「そうなんですか?」


 私を取り込む気満々のミカエルさんの言葉を鵜呑うのみにはしてはいけない、と思って、ヨルダさんに聞いた。


「私もミカエル様にお願いするのが最善だと思うわ。後ろ盾としては申し分ないし、セツさんは特殊なようだから、他の貴族家が介入して来る可能性があるの。特に平民の魔導具師では翻弄ほんろうされてしまうと思うわ」


 そんな大きなことになるんだ……。


「だけど、ミカエル様のおっしゃるように、セツさんが希望するのであれば、他の魔導具師の方に打診することはできる。今回の確認は伝手つてが必要だったけれど、セツさんが魔導具師と認定されれば、セツさんが直接コンタクトを取ることも可能よ」

「それなら、私は、他の魔導具師さんたちの事も知ってから決めたいです」


 ちらっとミカエルさんを見る。


 他の人がいいなんて、嫌な気持ちにさせちゃったかな。


 だけど、ミカエルさんは気分を害した様子はなかった。


「お前がそう言うなら仕方がない。では、他の魔導具師についてのリストを作らせよう」

「いいんですか?」

「一生の問題だからな。納得がいくまで考えた方がいい」


 意外とあっさりだった。拍子抜けだ。


 結婚の方がよっぽど一生の問題のような気がするんだけど……。


 もしかしたら、貴族の人にとっては結婚は家のためにするものであって、お師匠様を選ぶのは自分で自由に決められる数少ないことの一つなのかも。


「ミカエルさんが作るリストって、ちょっと心配なんですけど……」


 これも言いにくかったけど、思い切って言った。


 ミカエルさんが有利になるように書くに決まっているからだ。

 

「そんな小細工はしない。それに、どのみちセツはわたしを選ぶ」


 すごい自信だ。


 あとさらっと名前呼び捨てされた。デルトンさんやルカもそうだから気にならないけど。


「ヨルダさんにもお願いしていいですか?」

「構わない」

「わかったわ。わかる範囲でまとめるわね」


 ミカエルさんはすんなり認めてくれて、ヨルダさんも快諾かいだくしてくれた。


「セツは字は書けるのか? 依頼をするなら自己推薦状が必要になるぞ」

「書けません……」

「では誰か派遣しよう。心配するな。ここでも小細工はしない」

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」


 ミカエルさんには損になるかもしれないのに。


「言っただろう。師匠選びは一生を左右する。貴族としてのわたしはセツとの結婚を望むが、魔導具師の先輩としては手助けをしてやりたい。まあ、全く下心がないわけでもない。貸しを作っておけばわたしを選ぶ可能性も高まるし、嫌われては婚姻から遠ざかってしまうからな」


 あ、そこはねらってるんだ?


 最初は偉そうだったけど試験中は色々丁寧に教えてくれたし、結婚の話は強引だったけど王宮に行きたくない理由も深く追求してこないし、弟子入りについては親切にしてくれる。


 結構いい人なのかも。


 私はすでにほだされつつあった。


 結婚は全然考えられないけど、師匠はお願いしてもいいかな?


 ヨルダさんのおすすめだっていうのも大きい。


「要件も済んだし、今日の所はこれでしまいだな」


 ミカエルさんが立ち上がった。


 私も慌てて立ち上がる。


「魔導具師の認定の話はこちらでやっておこう。先ほどのリストは数日中に届ける。候補が決まったら連絡しろ。推薦状を書く者を送る」

「お忙しい中、こちらの要請を引き受けて下さってありがとうございました」


 ヨルダさんが丁寧に頭を下げた。


「いいや、ギルド長たっての依頼だったからな。わたしとしても、このような逸材を他に先駆けて見つけられたのは収穫だった」


 そう返すと、ミカエルさんは私の方を向き、私の手を取った。


「セツ、わたしとのことを真剣に考えて欲しい。師事のこともそうだが、結婚のことも」


 真剣な顔で言われて、少しだけ、ほんの少しだけドキッとした。


 だって今まで告白なんてされたことなんてないんだもん。


「えと、ミカエルさんは、その……私のことが、好きなんですか?」


 私が結婚は好きな人とするものだと言って、なら私がミカエルさんを好きになればいいってことは、そういうこと、なのかな……?


 おずおずと聞いた私に、ミカエルさんはきっぱりと答えた。


「いいや、まったく」


 ですよねー……。


 今日のやり取りだけで私がミカエルさんを好きになるわけないように、ミカエルさんが私を好きになることなんてあるわけないですよね。


 どきどきした気持ちが一瞬で吹き飛んだ。


「好き嫌いで言えば、どちらかというと年上が好みだ」


 しかも圏外だった!


 私のときめきを返して欲しい。


 なんだかフラれたような気分になって、釈然としない。


「では、失礼する」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ありがとーございましたー」


 私だけお礼が棒読みになってしまった。




 その後、仕事をやりながら、色々と考えた。


 ミカエルさんの思考はぶっ飛んでいたけど、たぶん貴族としては珍しくないんだ。


 私は魔導具のことだけじゃなくて、やっぱりまだまだこの世界のことにうとい。


 王宮にいる時は、こっちの常識を身に着けなきゃって色々勉強してたのに、生活を始めてからは目の前のことに必死だったし、安定してからは何とかなってたから勉強しようとはしなかった。


 知らないことが危険に繋がると、身をもって学んだはずなのに。


 たぶんこれから私の生活は大きく変わる。


 ちゃんと知って、ちゃんと選んでいかなくちゃ。

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