第76話 求婚の理由

「なななななな何言ってるんですか!?」


 私はミカエルさんの手を振りほどき、ソファの背もたれに当たるくらい思いっきりった。


「何を驚いている。優秀な魔導具師を一族に加えたいと思うのは当然だろう」

「一族って……。魔導具師の素質って遺伝するんですか?」

「遺伝の証明はなされていない。が、貴族に多いのは確かだ。たとえ遺伝しなくとも魔導具師を多く抱えるにこしたことはない」

「そんな理由で結婚なんてできません!」

「わたしでは不満なのか」


 ミカエルさんが憮然ぶぜんとした。


「ミカエルさんが不満だとかではなくてですね……」


 困ってリーシェさんを見ると、リーシェさんも目を丸くしていた。


 一方ヨルダさんは落ち着いた様子だ。


 こうなることを予想していたのかもしれない。


「何が問題なのだ。お前にとってもいい話だろう。わたしと結婚すれば王宮からの召喚は全てはねつけてやる」

「本当にそんなことできるんですか?」

「ハインリッヒこうしゃく家をなんだと思っている」


 こうしゃく? 「こうしゃく」って言った?


 いや、翻訳ほんやくされてるんだからそうは言ってないんだろうけど、とにかく「こうしゃく」って聞こえた。


 貴族の階級なんてほとんどわからないけど、男爵が一番下で、公爵が一番上っていうのは知ってる。


 確か侯爵っていうのもあるんだよね?


 で、一番上の公爵は、王様の親戚しんせきだった気がする。兄弟とか。


 ミカエルさんって、そんなすごい家の人なの!?


 私、嫌いとか言っちゃったけど大丈夫?


 ……いやいや、侯爵家かもしれない。


 そしたらふつーの貴族の人だ。侯爵が普通なのか知らないけど。貴族っていう時点で普通じゃない気もするけど。


「ダイヤ姫様とはどのようなご関係で……?」

「ダイヤはわたしの従妹いとこだ」


 呼び捨て! ていうか従妹!


 ハインリッヒは公爵家で決まりだ。


「心配するな。ダイヤと婚約しているわけではない。他に決まった相手もいない。継承権は三位だが、兄上がいるから王位を継ぐことはないだろう」


 王位継承権第三位!?


 それってもう王子じゃん! 王子様じゃん!


 急にミカエルさんがキラキラした人に見えてきた。


 確かにこの人、白馬とか似合いそう。


 最初超偉そうだったのも納得がいった。ガチで偉い人だった。


「お前が王妃になりたいのなら、兄上を説得するという手もなくはないが、隣国の姫と婚約が決まっているからな……」

「なりたくないです!」


 隣の国のお姫様を押しのけて次の王様と結婚するとか、有り得ないよ!


「ではわたしと結婚で決まりだな」

「決まらないですよね!?」

「だから何が不満なのだ」

「一族に魔導具師が欲しいから、とか、自分が駄目ならお兄さんでも、とか、結婚ってそういうんじゃありません!」

「ではどうすればいいのだ」

「どうすればって……結婚は好きな人同士でするものだから……」

「ならお前がわたしにれればいいのだな。よし、今すぐ惚れろ」


 ミカエルさんは大きくうなずいた。


 馬鹿なのかな!?


 惚れろと言われてほいほいと好きになるものか。いや、ドS王子様系が好きな人なら好きになるのかもしれないけど……。でも私は違う。


 助けを求めてヨルダさんを見る。


「ミカエル様、セツさんはギルドで働くことを希望されています。ミカエル様との婚姻は難しいかと……」

「お前、セツと言うのか」


 最初に名乗りましたが?


 貴様とかお前とか呼んでるから、覚えてないんだろうなとは予想してたけどさ、私の名前も知らずにプロポーズしてきたの、この人?


「ギルドで働きたいとは物好きな奴だな。屋敷に研究室を作ってやるのに。まあ、お前がどうしても労働したいと言うのなら、その意思は尊重しよう。屋敷から通えばいい」

「だから結婚しませんって」

「なぜだ」

「結婚は好きな人とするものだって言ったじゃないですか」

「だから今お前がわたしに惚れればいいだろう?」


 心底わからない、というように、ミカエルさんが首をかしげた。


 だめだ。話が通じない。


 貴族の人ってみんなこうなの?


 それともミカエルさんが自信過剰なだけ?


 私はこめかみのあたりを指で押さえた。


「そんな簡単に人を好きになったりしません」

「ではどうすれば惚れるんだ?」

「そりゃあ……」


 そういえば、私、人を好きになったことないんだった。


 何をきっかけに好きになるのかわからない。


 一目惚れ? 危ない所を助けてもらったら? パンをくわえて衝突するとか? おさななじみはいないし……。


「少なくとも、色々話をしたり一緒にいたりして、親しくなってからです」


 一目惚れはなさそうだ、と思って、とりあえず無難な答えを返した。


 ミカエルさんが、はあ、とため息をついて、やれやれ、と首を振った。


「面倒だが仕方がない。付き合ってやろう」


 何だか私がわがまま言ってるみたいになってない!?


「同じ時間を共有して親しくなればいいのだな。まあ、わたしとは師弟していになるわけだし、時間の問題か」

「え?」

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