第75話 召喚を拒否する策

「これが本当ならば――どうせ真実なのだろうが――真っ先に届け出るべきだった。損耗率が見えるだとか修理ができるだなどというレベルの話ではない」

「法律違反ってことですか!?」


 逮捕されるようなことになったら大変だ。


「厳密に言えばそういうことになるが、判明したのが最近のことならば、能力の発現が不安定で検証に時間がかかった、とでも言っておけばいいだろう。そんなもの、事の重大さに比べれば些事さじだ」

「よかった」


 私はほっと息をついた。


「よくはないぞ。さすがにこれでは王宮に召喚されるだろう」


 召喚・・という言葉にドキッとした。


 違う、違う。


 異世界召喚のことじゃなくて、裁判に呼び出す、とかいう意味の、普通の召喚の方だ。


 って、王宮に呼び出されるってこと!?


「嫌です行きたくありません」

「こればかりはどうしようもない。重要な研究対象だ」

実験体モルモットになるなんて絶対嫌です! ならもう使いません。誰にも言いません。ミカエルさんも忘れて下さい。今日のこのことはなかったってことで」

「そんなわけにいくものか」


 ミカエルさんがあきれたように言った。


「なぜそれほどまでに王宮を嫌がるのだ」

「それは……」


 お姫様に戻って来るなって言われたからです、なんて言えない。


 ていうか、戻ったらどうなるのかな? 案外何もなかったりして? お姫様は今田野倉たのくらくんと旅の途中なわけだし、バレないかも?


 ううん。やめておこう。


 世の中には「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」なんて言い放つお妃様や、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」とか言っちゃうお殿様だっているんだから。


 命令にそむいて「はい、ギロチンの刑~!」なんて言われたらたまったものではない。


「王様や貴族が嫌いなんです」


 言ってから、しまった、と思った。


 目の前のこの人が貴族だよ……。


 だけどミカエルさんは表情を変えなかった。


 言われ慣れてるの、かな。


「平民ならそう思うのも無理はないが、王宮で働く魔導具師には平民もいるぞ」

「そ、それでも嫌なんです! 王宮で働きたくないんじゃなくて、その場所に行きたくないんです。検査のために行くとかも嫌です。とにかく絶対何が何でも行きません」


 ふむ、とミカエルさんがあごに手を当てた。


「そこまで言うのなら、策がないわけでもない」

「そうなんですか!? じゃあそれで!」

「よし」


 私はうなずいたミカエルさんににこりと笑いかけた。


 ミカエルさんも私に微笑みを向けてくれた。


 そこにリーシェさんの言葉が挟まる。


「あの、セツさん、内容を聞いてからにした方が……」


 はっ! 確かに!


「ちっ」

「舌打ち!?」


 余計なことを、といった目でミカエルさんがリーシェさんを見た。


「ちょ、何する気だったんですか!」


 ミカエルさんが目をそらす。


「それはさておき――」

「誤魔化さないで下さい!」

「――お前の言う性質変化を見せてみろ」


 私の抗議をミカエルさんは無視した。


 さらに文句を言ってもよかったけれど、まずは見てもらうのが先だと思って黙る。


 私が、と言って、気まずそうにしたリーシェさんが、そそくさと部屋を出て行った。


 すぐに戻ってきたリーシェさんは、投擲弾の入った木箱をかかえていた。


 選別前の箱で、ハズレと当たりが混ざっている。


「箱ごとでいいですか?」

「いや、まとめてできるのは付属的な能力だ。それよりも性質変化をする所を何度か見たい」

「わかりました」


 そう返事をしたものの、ミカエルさんには不発弾かそうじゃないか見分けがつかないんだ、ということに思い至る。


 箱の中から不発弾を取り出した。


「これは不発弾です」

「そうか」


 投げて証明した方がいいのかな、と思ったけど、ミカエルさんはあっさりと私の言葉を信じた。


「選別ができることや性質変化ができることはギルドが検証しているのだろう? 私は性質変化をする所を確認したいだけだ」

「わかりました」


 魔石を右手に、不発弾を左手に持つ。


 こんな風に一つだけやるのは久しぶりで、なんだかすごく緊張した。


 両手をゆっくりと近づけていく。


 あれ、変わらない?


 なかなか変化しなくて焦ったけど、最後に、こつり、と魔石が魔導具にぶつかると、無事に「当たり」に変わった。


 ドキドキしたぁ。


 心臓を押さえながらミカエルさんを見る。


「もう一つやります?」

「いや、今ので十分だった。やはり自分の魔力を使っているな。わたしに見えるのはそこまでだ。もっと見える魔導具師や魔導師が見れば、何かわかるかもしれないが」


 それって王宮でってことだよね?


「心配するな。お前が王宮に行かなくても呼び出せばいいだけの話だ」


 ミカエルさんは私の心配を察し、事もなげに言った。


 そうだよね。来てもらえばいいんだよね。ミカエルさんみたいに。


 冒険者ギルドからお願いするのは難しくても、ミカエルさんに協力してもらうなら難しくなさそうだ。


 協力してくれる……んだよね?


「お前が性質変化できるのも確認できたことだし、さきほどの策の話に戻ろう」


 そう言うと、ミカエルさんは私の両手を取った。


「結婚してくれ。お前が欲しい」




 ……は?

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