第78話 師匠の候補

 ミカエルさんは次の日にはもう、魔導具師のリストを送ってくれた。


 ギルドで受け取った書類の束の表紙の一覧を見て、改めて魔導具師って少ないんだなって思った。


 なんと十八人しかいない。


 そのうち修理屋をやっているのはたった三人で、王都で店を構えている。


 修理屋以外の十五人のうち十三人は王宮の研究者で、一人だけ王都の自宅で研究をしている。


 残りの一人は行方不明! 国内にはいるらしく、定期的に研究レポートが送られてくるからギリギリ法律違反をまぬがれている。


 一覧の次の紙からはそれぞれの魔導具師について、一枚ずつ詳細に書いてあった。


 これまでの経歴、これまでとった弟子や現在の弟子の有無、得意分野、業績などなど。


 特に助かったのは性格の欄。


 正直言って、経歴とか業績とか言われてもわからない。


 それよりは、性格だとか人柄だとかの方を重視したい。


 ミカエルさんについてもちゃんと客観的に書いてあった。


 少し上から目線だとかまで正直に書いてあって、これを作った人は怒られなかったのかな、と心配になってしまった。


 ――という書類の中身は全部リーシェさんに教えてもらった。忙しいのに申し訳ない。


 だって私は読めないからさ……。


 いい加減読めるようにならないと駄目だよね。書けなくても、せめて読めるようにはならないと。勉強もちゃんとしよう。


 三日後にヨルダさんにも確認してもらって、情報に大きな齟齬そごがないことを確認してもらった。


 そして今、私は部屋でうんうんと一人悩んでいる。


 目の前には自分で書いたメモ。もちろん日本語だ。


 ミカエルさんにもらった書類もあるけど、読めないからテーブルの端っこに置いてあるだけ。


 お師匠さまになってくれないか聞く人を、五人まではしぼった。


 修理屋のおじさん二人と、自宅で研究しているおじいさんと、王宮で研究しているお姉さんと、そしてミカエルさん。


 修理屋になりたいから、できたら修理屋の人に弟子入りしたいんだけど、もう一人の修理屋のおじいさんは頑固で有名と書いてあったのでやめた。


 私は褒められて伸びるタイプなのだ。怒鳴られる毎日は勘弁したい。


 自宅のおじいさんは、王宮に来いって言わないだろうから選んだ。


 お姉さん以外の王宮で研究している人たちは、すごく個性的だったり、他に弟子がいたり、その人がまだ弟子だったりしていて、ちょっと遠慮したい人とお願いしても絶対無理な人だった。


 ミカエルさんはミカエルさんだ。普段は王宮で研究しているらしい。


 書類だけ見たら遠慮したい人の部類だけど、会った感じは悪くなかった。それに、王宮に行かなくていいっていうのは大きい。


「まずは修理屋のおじさんたちかな」


 家に近い店を第一候補、遠い店を第二候補とすることにした。


 三番目はお姉さん、四番目がおじいさん、最後がミカエルさん。


 同時に依頼を出して複数人からオッケーもらった後に、「やっぱ他の人にお願いすることにしましたー」なんて失礼なことはできないから、一人一人当たることになる。


 自己推薦状を書くのは、ミカエルさんに連絡すれば手伝ってくれる人を派遣してくれるって言ってたからいいとして、あとは肝心の推薦状の中身を考えなくちゃ。


 何を書けばいいんだろう。


 今できることは書くとして、意気込みと、性格と、趣味と……。


 コンコン。


 思いつくままにメモをしていたら、ドアのノックの音がした。


 デルトンさんかな?


「はーい」


 開けてみると、そこにいたのはルカだった。


「どうしたの? 平日の夜に来るなんて珍しいね」

「時間あって飯作ったから食うかなと思って」

「ほんとに!? 食べる食べる!」


 急なお誘いに驚きながらも、二つ返事で答えた。


「じゃあ、持ってくるわ」


 ルカがお盆を持ってくる前に、私は急いで散らばったメモを片付けた。


 とんとん、とそろえて取りあえずベッドの上に置く。


「美味しそ~」

「簡単な物だけどな」


 ルカの言う通り、メニューはオーソドックスな焼いた肉、サラダ、スープ、パンだった。


 だけど私は知っている。


 これがめちゃくちゃ美味しいってことを。


 簡単かどうかなんて関係ない。レンチンだろうがなんだろうが、美味しいことが正義。


 それにルカはロールキャベツ――改めロールズッキーニャだって簡単な物って言っちゃうくらいなんだから、実は出汁だしとったりしてすっごく手間がかかってる可能性もある。


 今日の肉は三角形の薄切りの白っぽいお肉だった。


 何の生き物のどんな部位なのかさっぱりだけど、私は躊躇ためらうことなく口にした。


 むとちょっとサクサクしている。牛タンみたい。


 あぶらがあまりなくて、食べやすい。さっぱりとした柑橘かんきつ系のタレがまたさわやかだ。

 

「美味しい。これ、何のお肉?」


 聞くのはちょっと怖いけど、知らないままなのも怖い。


「ミドリガメの舌」


 ルカがちらっと私を見て言った。


 ミドリガメって、正式名称アカミミガメの? お祭りの屋台やたいすくえる、あのミドリガメ? 私は金魚とスーパーボールしか見たことないけど。


 虫類初めて食べたかも……。


 ううん、ここは異世界だし。あの思ったよりでっかくなるカメとは限らないよね?


「ミドリガメは通称で、正式にはアカミミガメ」


 ルカは丁寧にとどめを刺してくれた。


 かと思ったら、その次の言葉が私を救う。


甲羅こうら背負ってる耳が赤いウサギだ」

「え? ウサギ?」

「ウサギって言うか、カメって言うか。どっちも」


 ウサギなら哺乳ほにゅう類! 哺乳類枠! 今決めた!


 私は安心して次の一枚にフォークを刺した。


 ……この前のズッキーニャが何類なのかは、考えないようにしよ。

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