第61話 市場通り

 一番軽いポーションで済むなら、雑貨屋さんでもよかったな。わかってたけどさ。


 まだシロップがからんでいるような気がするのどを押さえながら、私は市場通りを歩いていた。


 王都を王宮から真っすぐに縦に貫いている大通りとは、少し離れた所にある通りだ。


 今日の目的は達成したし、あとは何をしようかな。


 平日は仕事があるから忙しいけど、休日になると、途端に暇になる。


 あっちの世界ではやってたことを考えると、たまに友達と出かける以外は、チャットして、動画見て、ソシャゲしてた。


 全部スマホがないとできないことだ。


 そりゃこっちで暇になるわけだよ。

 

 市場通りでは、屋台が狭い通りの両側に並んでいて、通学途中の駅みたいに人がひしめいている。


 あっちの世界のお祭りみたいな感じというよりは、テレビで見たアジアの観光地の通りみたいな感じ。同じくテレビで見た、アメ横? よりもずっとチープだ。


 右側通行みたいな制度マナーがなくて、みんな好き勝手に動いているから、ぐっちゃぐちゃだ。


 人とぶつかることなんてしょっちゅう。


 気を抜くとスリにうから、鞄を体の前でしっかりと抱えて歩く。


 周りの人はそこまで気にした素振りは見せていなくて、田舎いなか者丸出しだけど、このくらい警戒するのが丁度いい。


 私は隙が多すぎるらしく、実は今までに二回もスリに遭っていた。


 最初はすんごいショックだった。


 だって買い物しようと思って鞄開けたらお財布が入ってないんだよ?


 落としたかと思ったけど、お店の人に「やられたねー」って笑われて、スられたってわかった。いや笑い事じゃないし。


 中身をねらって鞄を切られたこともある。


 今は財布を二つ以上に分けて、靴の中にもお金を隠している。ここで文無しになったとしても、家は歩いて帰れる場所にあるから、どうにかなるけどね。


 家の鍵をなくすのが一番怖くて、それは首から下げていた。


 この過剰な警戒モードもスリを引きつけるんだってわかってても、他にどうしようもないから、こうしている。


 ずっと気を張っていないといけないけど、私はこの活気あふれる場所が好きだ。


 屋台は種類ごとに固まっているなんてことはなくて、バラバラだ。野菜を売ってる隣でネックレスが売られているし、その隣では怪しいつぼを売ってる人がいる。


 歩いている人たちの外見も様々。人種も、髪の色も、服装も。


 残念ながら獣人はいない。少なくとも私は見たことがないし、聞いたこともない。


 ファンタジー世界だから、どこかにはいるのかもしれないけど、質問しようがない。さすがにド田舎出身だからとは言い訳できない程の常識だと思う。


 あっちの世界で、真面目な顔で「この国には獣人がいないんですね」なんて言ったら、変人扱いされること間違いなしだもん。それと同じ。


 ふと、首をぐるっと囲むような刺青いれずみを入れた人が目に入った。


 奴隷どれいだ。


 犯罪者や借金を返せなかった人がなるらしい。 


 でも、酷い扱いはされない。衣食住は保障されるし、主人が酷い扱いをすると逆に罰せられる。


 あの刺青は魔導具でつけるんだって。


 で、決められた期間を過ぎれば消える。そしたらその人は自由だ。


 古代の遺物である魔導具にそういうものがあるってことは、昔から続いている制度なんだろう。


 私には住み込みの従業員って感じに見えるけど、自由はないし、たぶん見えない所では色々あると思う。


 今の冒険者ギルドに拾ってもらえなかったら、私も奴隷になってたかもしれない。


 そう思うと、ギルドやリーシェさんには頭が上がらない。返し切れない恩がある。


 そうだ。リーシェさんに何か買っていこう。


 この辺にあるお菓子が好きだって言ってたはず。その美味しさは、私にはわからないけど……。


 私はぱっときびすを返した。


 その横を、見慣れた人物がすれ違っていく。


 私はその人の腕をがしっとつかんだ。


「ルカ!」


 ルカは目を丸くして私を見下ろした。


「おま……なんで……」

「買い物だけど? ルカは?」

「……俺も買い物」


 通行人が私にどかっとぶつかってきた。


 いつまでも往来で突っ立っているわけにはいかない。邪魔すぎる。


「こっち」

「いや、歩こう」


 私がルカを屋台と屋台の隙間から裏に引っ張り込もうとすると、ルカは私の背中を押して人の流れに戻した。


「しばらく見なかったけど、どこか行ってたの?」

「ああ、仕事」

「今日帰ってきたの?」

「いや、昨日」

「なら連絡くれればよかったのに。私、待ってたんだよ」


 私が文句を言うと、ルカが面倒くさそうな顔をした。


「お前は俺のカノジョかよ」

ちがっ、そういう意味じゃ……っ」


 ぶわっと顔に血が集まっていく。


「わかってる。飯な」

「そう、ご飯! ルカのご飯を待ってたの!」

「食い意地張りすぎだろ」


 あきれたようにルカが言う。


 うう……それはそれで恥ずかしい。ご飯を待ってたのは事実だけど。


 私は真っ赤になった顔を片手で覆った。片手は鞄を抱えててふさがってたから。


 せめて冗談みたいに笑い飛ばしてくれればいいのに、本気で言ってるのがまたつらい。


「いいぞ」

「え?」

「飯だろ? 今夜。作ってやるよ」

「やった!」

「疲れてるから、簡単なやつな」

「ルカのご飯なら何でもいいよ!」


 それこそ焼くだけのコカトリスのソテーだって全然いい。むしろ食べたい。ありよりのあり。


 本当は、「疲れてるならいいよ」とか言うのが正解なんだろうけど、それは無理。


 ルカが作ってくれるって言ってるのに、遠慮なんてできない……!


「というわけで、ここからは別行動な」

「荷物持ちくらいするよ」

「食材の入手元は秘密だって言っただろ」


 ルカの目がすっと厳しくなった。


 やばいこれ地雷だった。


「はい! 了解です! 私は帰ります!」


 私は、兵隊さんみたいに、眉毛まゆげあたりにびしっと手をつけた。

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