第60話 ポーション屋

 休みの日、なんだか体がだるかったけど、洗濯と部屋の掃除を終わらせた私は、街に繰り出した。


 お目当てはもちろんポーションだ。


 実は軽いポーションならどこでも売っていて、雑貨屋さんでも見かけるんだけど、せっかくなのでポーション専門店に行ってみる。


 開け放たれた扉から中に入ると、昔の駄菓子屋さんみたいにランプで照らされている。


 店の中は棚で埋め尽くされていて、小瓶こびんがびっしりと並んでいた。


 分厚いガラスの瓶の中には色とりどりの液体が入っている。ふたはコルクだ。


 見ようによっては毒薬みたい。


 これが全部ポーションなんて魔法世界の代物しろものだって思うと、雰囲気も相まってちょっとドキドキする。


 ――なんてことはない。


 もう慣れちゃったもんね。


 窓が大きくとれないから、どこの店もだいたいランプを使ってるし、いろんな形の物が置いてある魔導具屋さんの方が、よほど怪しく見える。


 一番入口に近い所にある台の上にたくさん置いてあるのは、一般的な一番効果の小さいポーション。


 瓶は私の手の平に入っちゃうくらい小さい。星の砂の瓶まではいかないけど、お塩の瓶よりは小さい。


 もっと大きいのかなって想像してたけど、あんまり大きかったらマジックバッグじゃないとたくさん持ち歩けないもんね。


 形も、なんとなく細くて上下に引き延ばしたような形なのかなって思ってたけど、実際は底が四角い形をしている。転がらないし、片手で栓を抜きやすいんだって。


 液体の色は真っ青だ。


 青い絵の具を水に溶かしたときのような不透明な色じゃなくて、かき氷のブルーハワイみたいな透き通った青。もしくはBTB溶液のアルカリ性の色。


 ちょっとざっくり切っちゃったな、手の平全部火傷しちゃったな、って時に使うやつ。


 日常生活でなかなか遭遇そうぐうしない状況だけど、冒険者たちにとっては日常茶飯事さはんじだ。


 一般人が気軽に使える程安くはないけど、ものすごく高いわけでもない。


 私もシマリスに襲われた時に使えたらよかったんだけど、あの時はお金がなくて使えなかった。


 お陰で傷が残っている。


 私はひざの上にある傷痕きずあとをなでた。


 これくらいの傷跡きずあとなら、今からでも高価なポーションを使えば治せるんだけど……一度もっと大きくざっくりやらないといけないらしい。


 傷を持ってる人なんていっぱいいるし、ワンピースで隠れるし、それに、これは甘かった私へのいましめでもあるから、このままでいいと思ってる。


 その後ろの棚にあるのが、それよりも効果の高いポーションや、それ以外の効果のポーション。


 傷を治す系のポーションは、効果が高くなるほどに青色が濃く黒っぽくなっていく。


 手足も再生しちゃうような、伝説級のすっごいポーションだと真っ黒なんだって。


 ……それ見た目完全に毒だよね。最初に飲んだ人すごい。


 赤いのは魔力回復だったかな。魔法の素質のない私には縁がなさそう。


 黄色と緑は何だっけ。しびれとか毒消しだったかな。


 色とりどり眺めていると、店員さんが私に気づいて奥のカウンターから出てきた。


「何をお探しですか」

「えーっと、筋肉痛に効くようなのはありますか?」

「それならコレですね」


 店員さんは何を聞くのか、という顔で、一番効果の低い青色のポーションを手に取った。


 ですよね。


「あと、体がだるいんです」

「魔法を使ったり、モンスターの攻撃を受けたりは?」

「していません」

「ではそれもコレですね」


 店員さんは持っていた小瓶をずいっと差し出した。


 ですよね。


「鎮痛成分を溶かした物もあるにはありますが……」


 店員さんは店の奥を振り返った。


 視線の先に目をやると、梅酒を作るような大きな瓶が並んでいる棚があった。


 色んな色の溶液の中に、白っぽいにょろっとした物が沈んでいる。


 私は一目で理解した。


 あれだ。マムシ酒的なやつだ。


 よく見れば、昆虫っぽいのがたくさん沈んでいるのもある。


 店員さんの視線が私に戻って来た。


「筋肉痛くらいならコレですぐ治りますよ」

「それにします!」


 私は食い気味に答えた。


「今ここで飲みますか?」

「はい」


 ガラス製品は使い回すから、返すと少しお金が戻って来る。


 冒険者の人たちはかさばるのを嫌って投げ捨てることも多いらしい。


 最初聞いたときはポイ捨てなんてして環境問題的に大丈夫なのかなって思ってたら、ガラスを食べちゃうモンスターがいるんだって!


 まあ、スライムのことなんだけど。


 お金を払って、コルクを外してもらった瓶を眺める。


 不味まずいんだろうなぁ……。


 リーシェさんに教えてもらった薬草のくささを思い出して躊躇ちゅうちょしてしまう。


 鼻をつまんで、一気にいこう。うん。


 ぎゅっと鼻をつまむと、店員さんが変な顔をした。


 構うものか。


 私はそのままぐいっとポーションをあおった。


 ごくり。


 しばらくしてから手を離す。


 けど、まだ早すぎたようで、鼻に香りが抜けていき、舌は味を感じてしまった。


「あ、」


 ……あまっ!


 何これ甘っ!


 子ども用の風邪薬のシロップみたい。


 甘っ!


 さらっとした液体なのに、ねっとりとのどに絡みつく。


 水っ。水が欲しいっ!


 私は店員さんに空き瓶を押し付けて、果実水の屋台を探して走り去った。


 この後、無事に屋台を見つけた私は、酸っぱさしかない果実水を一気飲みしようとして盛大にむせることになる。


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