第43話 お隣さんの善意

 次の日、私はギルドに行く前に、ルカくんの部屋のベルを鳴らそうとしていた。


 昨日のお礼も言いたかったし、料理の事も教えて欲しかったからだ。


 だけど、直前で思いとどまった。


 起こしちゃったりしないよね?


 早く寝るっぽいことは言ってたし、私が出勤する時間も常識外に早いというわけじゃない。


 だけど、宿にいるときは、夜中に外出していることもあった。最初私はそれで助けてもらったんだ。


 もし一度仮眠を取って夜中に起きているのなら、今起こしてしまったら申し訳ない。私だったらキレる。


 学校に通っていたときは、世の中の人はみんな平日の昼間に仕事をして、夜と休日は休みなんだと思ってたけど、そんなわけはない。お店は休日も開いていたし、警察とか病院とか、二十四時間体制の仕事だってある。


 こっちにきて最初の仕事がアレだったから、今はそれがよくわかる。


 ルカくんがそうじゃないとは限らない。


 引っ越してから今まで全然会わなかったってことは、私とは生活時間が違うってことだ。


 確実に起きてるってわかる時にしよう。


 私は持ち上げた手を下ろし、デルトンさんと仕事場に行くべく階段を降りた。



 * * * * *



「今日もいない……」


 残業を終えて帰ってきて、ルカくんの部屋の扉の前で立ち止まった私は、ぽつりとつぶやいた。


 電気がついていれば、扉の隙間から廊下に光が漏れているはずだ。


 あれからずっとルカくんには会えていない。


 これまでお隣さんのことなんて全然気にしていなかったから、今までもそうだったのか、たまたま不在が続いているだけなのかもわからない。


 あっちなら連絡先を交換していれば、スマホのアプリで連絡取ったりできるのに。


 家まで知っておきながら連絡が取れないなんて……。


 あいている時間があるか、手紙で聞けばいいのかな。


 まだ字も読めないけど、他人ひとに書いてもらったものを書き写すくらいならできる。お返事も代読してもらわなきゃだけど。


 そうこうしているうちに、また休日がやってきた。


 昼間、買い物に行く前に部屋の前に行ってみたけど、中に人がいるような明確な気配はなくて、夜じゃないから明かりも漏れてきていなくて、ルカくんが家にいるのかわからない。


 先週の休日は夜に家にいたわけだから、今日もいるかもしれないし。


 私は諦めて外に出た。


 こういうとき、物語の主人公なら、出先でばったり会ったりするんだろうけど、悲しいかな私は勇者しゅじんこうではないから、そんな奇跡は起こらない。


 普通に魔導具と魔石の補充をして、日用品を買って、何かないかと雑貨屋さんに行って、新しい服を買おうか迷ってやめて、最後にお肉屋さんに寄った。


 今日もコカトリスを買う。


 コカトリス肉のソテーは、こっちで私が唯一美味しいと思えた料理だ。コカトリスのお肉だけは美味しく料理できる可能性があることを知った。


 他のお肉で上手くいくとは限らない。まずはコカトリスを極めなきゃ。


「コカトリスのもも肉を下さい」


 私がお肉屋さんのおじさんにお願いすると、おじさんは「あいよ」と威勢いせいのいい声を出して、後ろの保冷庫から大きなバッドに入った肉を出してきた。


 保冷庫はあっちでいう冷蔵庫で、魔導具で箱の中身を冷やす。


 一家に一台欲しいところだけど、すんごい高くて、一般家庭には普通置いていないらしい。


 火を出すのは簡単だけど、氷を出すのは大変みたい。魔法はあるけど、魔導具でってなるとなかなかないんだって。


 泥棒が外して持って行ったりしないように、魔導具を入れるところには鍵をかけるんだって聞いた。


 私は店先のカウンターに乗せられたお肉をじっくりと見た。


 重ねて何枚も入っているけど、どれも同じに見える。


 不発弾みたいに、見ただけでしがわかればいいのに……。


 目利めききができない私は、こういうしかない。


「一番美味しいのを一枚下さい」


 おじさんは「どれも美味しい」なんて意地悪は言わずに、ちゃんと選んでくれた。


 お肉をナントカっていう大きな葉っぱに包んで、紐で縛ってくれる。


 一昔前の、サラリーマンのお父さんがお土産に持って帰る寿司折りみたいな感じだ。


 もしかして、味覚がズレているなら、逆に一番美味しくないと思うお肉を選んでもらえばいいのかな?


 そんな失礼なことを思いながら、私は家路いえじについた。



 

 常温でお肉を持ち歩くと悪くなっちゃうから、早足で戻る。もう空は夕暮れだ。


 階段を上がって、自分の部屋に戻る途中――。


「いる!?」


 ルカくんの部屋の扉の隙間から、明かりが漏れていた。


 私はベルを押した。


 あ、押しちゃった……。


 反射的に手が動いちゃったけど、買った物を持ったままだ。


 あと、何て言えばいいんだろう。


 私は一人わたわたしていたけど、部屋の中からは何の気配もしなかった。


 いないのかな?


 安心したようながっかりしたような気持ちになった時、突然扉が開いた。


「わっ」


 何か同じ事を前にもやったような気がする。


 デルトンさんみたいにごそごそしてくれないと心臓に悪いよ。


「なんだ、お前か。何の用だ? またトイレか?」

ちがっ」

「じゃあ何だよ」

「えっと、この間はありがとうございました。ご飯もすごく美味しかったです。それで、またお願いになっちゃうんですけど――」


 私は、ルカくんの目が私の手元に釘付けになっているのに気がついて、言葉を切った。


 ルカくんは、私の持っている物をじっと見ていた。具体的にはお肉の包みだ。


「こ、これは、今買い物に行ってきた所で……。えと、それで……」


 なんだか恥ずかしくなった私は、何を言うのか忘れてしまった。


「この前のルカくんのソテーが、すごく美味しかったから……あの……」


 そうだ。作り方を教えて欲しいって言うんだった。


 思い出してそれを言おうとしたら、ルカくんが先に口を開いた。


「また作れって?」

「そういうわけじゃっ」


 そこまで厚かましくはないよ!


 否定するまえに、ルカくんは呆れたようにため息をついた。


「まあ、いいけど。一人分作るのも二人分作るのも同じだからな」

「いいの!?」


 まさかの申し出に、私は廊下で思いっきり叫んでいた。

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