第44話 ちゃんとしたご飯

「うるせぇ」


 ルカくんが、耳を押さえて文句を言った。


「ごめんなさい……」

「で、これ何の肉?」


 いつの間にか、私が持っていたお肉の包みは、ルカくんの手にあった。


 ルカくんが包みを開く。


「コカトリス。コカトリスのもも肉です。前と同じ」

「これ一人分だよな? 他人ひとに作らせようって言っておきながら材料は自分の分だけって、お前いい度胸してるな」

「それはっ」


 元々私は作り方を教えてもらいたかっただけだし。


 でもせっかく作ってくれるって話になったのに、そんなつもりはなかったなんて言ったら、なかったことにされちゃう。


 そう思って、私は口をつぐんだ。


「まあちょうどコカトリスはうちにもあるからいいけど。メニューも前と同じでいいか?」

「はい」


 図々しくリクエストなんてできないし、すごく美味しかったから全然不満もありようもない。


「俺のとこ、一人分しか材料ないから、何か持って来いよ」

「何かって、何を?」


 お肉ならそこにあるんだけど。


「いや、付け合わせとか、スープとかあるだろ、普通。前回は肉しか作らなかったけど、今日は作るから。せめて自分の分の材料くらい持って来い。あとパンは俺の分も」

「付け合わせとか、スープとか、パン……」


 そんなものある訳ないよ!


 お肉を美味しく作るのが目下の目標なんだから!


 言いよどむ私に、ルカくんはあきれた目を向けた。


「ないのかよ……」

「ない、です……」


 はぁぁぁ、とため息が落ちる。


「今ある物で何とかするわ」

「すみません」


 作ってもらうのに、材料までルカくんもち。


 ほんと、私、サイアクだ。


「お金っ、お金払います」

「金には困ってないって言ってるだろ。お前は俺の善意を金に換算するのか。いくら払う気だ?」

「うっ。……ごめんなさい」


 善意はプライスレスですよね。いくら払っても失礼なことになる。


 もう私はルカくんの善意に全面的に甘えることにした。


「じゃ、できたら持ってくから」

「あ、作るところ、見せてもらったら駄目でしょうか。作り方を教えてもらいたいんです」


 これが本当の目的だった。途中から忘れてたけど。


「無理。俺は他人を家に上げる気はない」

 

 がーん。


「作り方を教える気もない。だからお前の家で作るのもなしな。道具もなさそうだし」


 がーーん。


 作ってはくれるのに、教えてはくれないの?


「代々伝わる秘伝のレシピとかなんでしょうか」

「そんな大それた物じゃねぇよ。けど、誰にも教えないことにしている」


 私はがっくりと肩を落とした。


 教えてもらえば私にも作れると思ったのに。それを応用すれば、他の物もなんとかなると思ったのに。


「せめて材料だけでも。何か特別な物を使ってるんですよね?」

「それも秘密だ」


 がーーーん。


 私は立ち直れないほどにショックを受けていた。


「じゃ、後でな」


 私の目の前で、パタリと扉が閉まった。



 しばらくして、部屋のベルが鳴った。私が作るよりもずっと早い。


 開けるとルカくんがいた。手にはおぼんを持っている。


 その上には、コカトリス肉ソテーと、スープ、パンが乗っていた。


 コカトリス肉ソテーの皿にはニンジンっぽいものと、サヤエンドウっぽいのがあって、パンの横にはバターまでついていた。スープにはキャベツっぽいのとウィンナーが入っていて、具だくさんだ。


 ちゃんとしたご飯だ……。


 私は思わず涙ぐんでしまった。


 特にスープは具がほんのちょっぴりの物しか食べてなかったから、すごく嬉しかった。


「これお前の。自分の分持ってくるから」


 ルカくんはお盆を渡して出て行った。


 もう一度ベルが鳴って、私が出ようとすると、ルカくんは自分で開けて入ってきた。


 片手にはお盆、もう片方の手には椅子。


 何か色々とさせてしまって申し訳ない。


 ルカくんが椅子に座ってから、私も自分の椅子に座る。


 一人用で小さめのテーブルには、なんとかギリギリ二人分のお盆が乗った。


「美味しそう」


 私は、改めて感動していた。そしてたぶん全部美味しいのだ。


 ルカくんは私のお盆にフォークも乗せてくれていた。


 それを手に取りながら、フォークを買おうと決意する。お金がないわけじゃないんだから。


 ルカくんが無言で食べ始める。


 私は一度フォークを置き、手を合わせて目をつぶった。


「いただきます」


 目を開けると、ルカくんが変な顔でこちらを見ていた。こっちの人は食事の前後にあいさつをしないから、不思議な動作に見えるんだろう。


 私はルカくんの視線を気にしないようにして、スープのボウルを手に取った。


 こっちでスプーンを使わずに食べるのは変な感じだ。お味噌汁みたい。


 期待に胸をふくらませ、こくりと一口。


「美味しい……」


 ちゃんと味がついている。野菜のえぐみはなくて、ウィンナーの味がよく染み出していた。


 懐かしのコンソメ味に近い。お母さんが使ってたコンソメのもとのキューブなんてないはずなのに、どうやってこの味を出しているんだろう。


 具をフォークで食べたら、キャベツみたいな白い葉っぱには少し甘味があって、こっちの野菜につきものの土みたいな味はわずかだった。


 次に付け合わせのニンジンっぽいのを食べる。


 これまた美味しい。


 なんて言うんだっけ、オレンジジュースで煮たようなこの味。ああ、そうだ、グラッセ。ニンジンのグラッセそっくり。


 サヤエンドウみたいなやつは、見た目に反してキュウリの味がしたけど、不味くはない。


 パンは、パンだった。いつもの酸っぱい固いやつ。


 でもルカくんのスープに浸すと、ちょっとだけ美味しく感じた。


 そしていよいよ本命のソテー。


 フォークを左手に持ち替えて、右手のナイフで一切れ切り出す。


 これは絶対に美味しいのを知っている。


 どきどきしながら口に運び――。


「ん~!!」


 私は感激の声を上げた。


 外はかりっと、中はふんわり。完璧な焼き加減だ。


 味は塩と香辛料だけだと思うんだけど、それがコカトリスの肉の味を引き立てている。


 コカトリスって、私が焼いてもこんな味にならないんだけどなぁ。不思議だ。


 とにかく美味しい。ほっぺたが落ちそう。


「大げさだな」


 ほっぺに手を添えてもだえている私を見て、ルカくんが呆れたように言った。


「だってルカくんのご飯、すっごく美味しいんですよ」

「そりゃどうも」


 ルカくんは喜ぶでも照れるでもなく、フラットに答えた。


「それ、やめろ」

「それって?」

「敬語。タメ口でいいから。前、そうだっただろ」

「え、あ、うん。わかった」


 うぐ。バレてた。美味しさに感動して、つい。


「あと、ルカでいい」

「わかった」


 ルカくん改めルカは、一口一口大事に食べる私が食べ終えるまで待って、部屋に戻って行った。私が食べた分のお皿も持って。


 食器くらい使ってもらえばよかった。洗い物までさせちゃったよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る