第34話 異世界料理第一号

 次の休みの日、デルトンさんと一緒に調理器具をそろえた私は、台所の前で腕まくりをした。


 フライパンよし。塩よし。油よし。炎の魔導具よし。


 そして、肉だ。


 初めての料理は、シンプルに肉を焼くことにした。


 焼くだけなら経験の浅い私にだってできるだろう。焼き肉と同じだ。


 まきかまどとは違って、幸いここには炎の魔導具をセットできるコンロがある。


 多少の火力の調整はできるから、真っ黒げにしてしまうことはないはず。


 肉は牛肉だ。


 といっても、普通の牛なわけはない。


 しばらくお世話になっていた宿屋の名前にもついている黒牛くろうし


 ただ真っ黒な牛なんだろうと思っていたら、全然違った。


 まず、足が六本ある。


 そして、角が三本ある。それもバッファローや羊みたいに横についてるんじゃなくて、頭のてっぺんに山の字のように三本垂直に生えている。


 さらに、尻尾が二本ある。


 しかも、肉食。


 ……これはもう牛ではない別の何かなんじゃ?


 名前の由来に首をひねるけど、これはきっと、ゲーム制作者の命名によるものなのだろう。まずこの世界に「牛」はいないらしいし。


 ちなみに「馬」はいる。一頭で四頭立てくらいの大きな馬車を引いている光景はお馴染みだ。


 ちょっとでかくて緑色だけど、形や性質は同じだから、「馬」って呼んでもいい……よね?


 私は魔導具のスイッチを入れ、フライパンに油をひいた。


 油は植物油だ。木の実を潰してしぼり取ったもので、人食い植物とかではない。


 あとは焼けばいいんだよね?


 肉を叩いたり、先に塩と香辛料で味付けしたりするのが正しいのかもしれないけど、よくわかんないし。


 私は、「牛肉」というにはあまりにも真っ赤すぎるその肉を、静かにフライパンに横たえた。


 ジュゥッと食欲をそそる音が鳴る。


 焦げないように様子を見ながら、断面が半分色が変わった所でひっくり返す。


 いい匂いがしていた。焼き色もいい感じだ。


 牛肉なら少し赤いくらいの方が好きだけど、こっちではしっかりと焼いたものしか出てこない。きっと寄生虫がいるんだ。


 寄生虫に脳を食べられて死ぬなんて絶対に嫌だから、私は肉をジュウジュウと焼き続けた。


 ここまで焼けば大丈夫だろうと思えたところで火を止めて、肉を木の皿に移す。


「できた……!」


 ちょっと端っこが黒いけど、上手く焼けたと思う。


 あ、塩忘れた。


 慌ててその上にぱらぱらと塩を振る。


 香辛料はなし。山椒さんしょうのようなあの匂いはどちらかというと好きじゃない。胡椒こしょうがあればよかったけど。


 美味しそう……。


 ごくり、とのどが鳴った。


 これ、いけるんじゃない? ステーキにしか見えないよ?


 今日運び込んだばかりの四角いテーブルの上に皿を置いて、一脚きりの椅子に座る。


 両手にはナイフとナイフ。


 ……だってナイフはフォークの代わりはできるけど、フォークにはナイフの代わりはできないんだもん。ナイフとフォークを買うより、大小のナイフを買う方がお得でしょ?


「いただきます」


 左手のナイフで肉を押さえて、右手のナイフでざくり。


 肉汁がジュワッとあふれた。


 透明だ。血は混ざっていない。断面も赤くないし、ちゃんと焼けている。


 一口大に切ったそれを口に近づけて――。


 ぱくり。


「ん!?」


 もぐもぐもぐもぐ、と焼きすぎて硬くなった肉をむ。


 噛むたびに肉汁が口の中を満たす。


 塩加減は絶妙だった。


 私は、ソムリエがワインを舌の上で転がすように、その一口を味わい尽くした。


 ごくん。


「はぁぁぁ……」


 飲み込んだあと、私は天井を仰いでため息をついた。


 気持ちを落ち着かせようと、浄化の魔導具を放り込んだコップに口をつける。


 口に付いていた油が水面に浮き、青く光った魔導具がそれを消し去った。


「はぁぁぁ……」


 もう一度ため息。


 そして――。


「まっず!」


 耐えきれなくて私は叫んだ。


 不味まずい。全然不味い。超不味い。


 味付けが塩のみでシンプルな分、肉の臭味くさみがガツンときた。


 あの苦手な匂いの香辛料も、ちゃんと役割を果たしていたのだと知る。


 ニンニクとか、ネギとか、レモンとか、そういうのがあればいいのかな。


 ていうか、肉のチョイスを間違えたのかも。


 黒牛の肉はこっちではオーソドックスな食材だし安いけど、肉食の動物の肉ってくさいって言うじゃん。草食の動物にするべきだったんじゃない?


 私は皿の上に鎮座している肉を眺めた。


 見た目も匂いも美味しそうなのに、裏切られたような気分だ。


 さっきまではあぶらがのっていて美味しそうだっだのが、だんだんギトギトしているようにしか見えなくなってきた。


 吐いちゃうくらい悲惨な味なら諦めもつくのに、そこまでじゃないのがまた……。


 こっちの食事に慣らされてきたのもあるんだろう。王宮で最初にこれが出てきてたら、たぶん私は吐き出してた。


 私には、これを作った責任がある――。


 味わわないようにして水で流し込むのは得意技だ。


 せめてもの抵抗として塩を足し、異世界料理第一号は私のお腹に収まった。

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