第33話 一人暮らしの洗礼
翌朝、朝起きてから、はたと気がついた。
朝ご飯がない……!
私の唯一のご飯なのに。
昨日は久しぶりに夜ご飯を食べたから、お腹がすかないかと思いきや、私の胃はいつものように朝食をよこせと文句を言っていた。
あんなに美味しくないご飯でも、体には必要なものだったのだ。
あっちではお母さんが用意してくれてたし、王宮でも宿屋でも朝ご飯はあった。
食材を買ってないことは認識していて、夕飯は作れないからと外食にしたのに、朝ご飯のことに思い至らないなんてどうかしているけど、あるのが当たり前すぎて考えもしなかった。
実家ならその辺を
トイレのことしか考えてなかった自分に
デルトンさんはどうするんだろう。
昨日は私の買い物に付き合ってくれただけで、自分の買い物は何もしてなかった。
ってことは、デルトンさんも朝ご飯がないはずだ。
……なわけないか。引っ越し荷物に何か入ってるんだろうな。
冒険者ギルドに行く前に、どこかで買おう。
どうせ一緒に行くなら迎えに行こうと思い、ぺこぺこのお腹を押さえながら、デルトンさんの部屋へと向かう。
でも、デルトンさんはいなかった。
おかしいな、と思いながら一階まで降りてアパートを出ると、デルトンさんが待っていた。
そうか。
デルトンさんが部屋で待ってたとして、私がデルトンさんの部屋に寄らずに出て行ってしまったら、護衛ができなくなっちゃう。
だからアパートの前で待ってるのは正しいんだけど、毎日こうされると思うと、気が重い。
「明日から、部屋まで迎えに行きますね」
「ん? ああ、そうしてくれると助かる」
デルトンさんが気持ち悪い人じゃなくてよかった。
私は心の底からそう思った。
歩きながら、何か食べる物を買いたいとデルトンさんに話す。
そしたら、デルトンさんは店に入るつもりだったらしい。
「朝飯は外で食べるのが一般的だ」
「そうなんですか」
「
「へぇ」
デルトンさんは私を田舎出身だと思っているようだ。
そういえば、デルトンさんやリーシェさんに出身を聞かれたことはない。
冒険者もたくさんいるし、人も国中から集まってくる。よくない事情がある人もいるから、聞かないのがマナーなのかも。
私が王都や常識に
お金がないからって、そうとは知らずに売春宿で働いちゃうくらい世間知らずだもんね……。
本当は私は王都どころかこの世界全体に疎いんだけど、まさか異世界から来ただなんて思うわけない。
勇者が召喚されたってのはみんな知ってるけど、巻き込まれた女子高生がいるなんてことは発表されていない。
知られたら絶対面倒くさいことになるから、バレないようにしないと。
私はド田舎出身っていうデルトンさんの勘違いに乗っかることにした。
デルトンさんのおすすめというお店の朝ご飯は、
* * * * *
帰る部屋ができて一週間、私の日常はさほど変わらなかった。
朝はギルドに行く前に朝ご飯を食べて、日中は魔導具の仕分けと不発弾の選別。日が落ちる頃に帰る。
だけど、生活が不便だと感じることは増えた。
知らない間に誰かがやってくれていた事がこれまで山ほどあったんだ、ってことを思い知った。
例えばゴミ出し。
あっちでは、お母さんが集めて、お父さんが捨てに行く係だった。宿屋では、ゴミ箱を部屋の前に出しておけば回収してくれた。
今は自分でそれぞれの回収屋さんに出さなきゃいけないそうだ。紙、革、食べ物、布、ビン、金属……。あっちでのゴミの分別なんて目じゃないくらいに面倒くさい。
まとめて回収してくれる所は費用がかかる。適当にその辺に捨てたら罰金だ。
他には、例えば爪切り。
あっちでは、家の棚の引き出しに入ってた。宿屋ではナイフで切るのが怖くてヤスリを貸してもらっていた。
これからもヤスリを使うなら、自分で買っておかなくちゃいけない。
魔導具や魔石関連でもそうだ。
あっちでは、水道光熱費のことなんて、大して考えてなかった。冷蔵庫は開けたらすぐ閉めるとか、歯を
宿屋では浄化と外出の時のランプは自分持ちだったけど、部屋の明かりは宿屋の管理だった。
今は自分で管理しなきゃいけない。夜に部屋の明かりが突然切れた時は、魔力を
部屋には
一人で暮らすっていうのはこういう事なんだ。
何でもかんでも自分でやらなきゃいけない。
お金をかければ楽にはなるけど、お金をかけるのかかけないのか、それは自分で決めなくちゃいけない。
私が
部屋のベッドにごろりと横になり、天井を見つめる。照らしている明かりはちらちらと揺れている。安い魔導具だからだ。
「私、なーんにも知らなかったんだな……」
子どもだった。
高校生なんてもう大人のようなものだと思ってたけど、全然子どもだった。
与えられていたものを当然と思うどころか、意識さえしていなかった。
お金も、安全も、生活も。
こういうことはまだまだたくさん出てくるんだろう。
生きていくって大変なんだな。
早く大人にならなくちゃ。
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