第35話 選別の作業

 黒牛くろうしの味に大敗した翌日、いつものように冒険者ギルドに出勤した私は、いつものように作業部屋で魔導具の仕分けをしていた。


 トントン、とノックの音がして、部屋の扉が開く。


 入ってきたのはリーシェさんだった。


「セツさん、朝一で来た仕分けってどこまでできてますか? 途中経過だけでも欲しいのですが」

「終わってますよ。そこのテーブルの上のファイルです」

「もう?」


 ファイルを手に取ったリーシェさんが、私のたどたどしい数字をさっと読み流す。


 リーシェさんは、受付の仕事よりも魔導具関連の仕事をすることが増えた。


 私を相手にする場合、事情を知っている人の方がスムーズだからだ。何も知らない職員さんに、ハズレの投擲とうてき弾の山を渡すわけにはいかない。


「セツさん、選別速くなりましたね」

「そうですか?」

「ええ」

「だと嬉しいんですけど」


 へらっと私は笑った。


適宜てきぎ休憩はとって下さいね」

「はい」


 リーシェさんが部屋を出て行き、パタリと扉が閉じた。


 私はへらっと緩めていた顔を、きゅっと引き締めた。


「速くなったっていうか……」


 手の中の毒液弾を眺める。


 不発弾ハズレだ。


 私の横に置いてある選別前の投擲とうてき弾を入れた箱の中に視線を移す。


 当たり、ハズレ、当たり、当たり、当たり、ハズレ――。


 手に取る必要なんてない。


 ちらっと見るだけでわかってしまう。


 平仮名の「さ」と「ち」が見分けられるくらいの速さと、音の「ド」と一オクターブ上の「ド」が聞き分けられるくらいの確実さで。


 だからもう、私の中では、炸裂さくれつ弾と毒液弾を分けているような――ううん、投擲とうてき弾と浄化の魔導具を分けているような感覚しかない。


 それがなんだか心配になっていた。


 ぱっと見だけでわかっちゃうなんて、普通じゃない。


 こっちの世界の常識ふつうを知らない私だって、これだけ冒険者ギルドにいればわかる。


 魔導具の見た目からわかる事以上の物が感じられる人――つまり魔導具師がすごく少なくて、特殊なんだってこと。


 だから、少しセーブするようにしていた。


 無駄に長く手に持ってみたり、じっくりと観察してみたりして、わざと。どうせ結果は変わらないんだけど。


 今のお給料は、選別に多少の時間をかけることを見込んでの金額だと思う。だから、不発弾の選別を始めた頃のペースを守っていればいいはずだ。


 でも――。


「そんなん給料ドロボーじゃん……」


 自分でもクソ真面目だと思うけど、悲しいかな、意図的にゆっくりと作業するのは逆に難しかった。


 特に今朝は急ぎだって言われたから、全力でやってしまったのだ。


 思ったよりも早く終わりすぎて、思ったよりも早くリーシェさんが来て、うっかり終わったと言ってしまったのが悪かった。


 薄々気づかれていただろうけど、完全にバレてしまった。これでもう速度は落とせない。


「ま、いっか」


 別にサボりたくてゆっくり作業してたわけじゃない。


 私的には、頭をからっぽにして流れ作業でやる方が楽なのだ。その方がリーシェさんたちも助かるし。


 余計な事は考えずに、感じるままにやることにした。


 さくっと選別前の投擲とうてき弾の箱の中身を片付けてしまう。


 それぞれ種類ごとに個数を数えて、一覧に記入。


 その一覧に記入されている受付番号の札を、選別済の箱につける。


 それを一箱一箱、壁際に運んで積み上げていく。


 山盛りになっているときは持ち上げられなくて、引きずって寄せるだけにすることもある。


 数が集まればそりゃ重くなるのは当然なんだけど、何がつらいって、木箱だってこと。からの箱からしてまず重い。


 段ボールは偉大だったんだなぁ、としみじみ思う。


 軽くて丈夫。使わないときは潰すこともできる。


 ハニカム構造って言うんだっけ? 六角形のはちの巣の形。 


 あの構造を真似するだけならできても、紙がない。


 私が記入している一覧も、繊維せんいがたくさん残っているザラザラの紙だ。


 無理矢理作ったところで耐久性も採算性も悪すぎる。


 私は「よっこいせ」とババくさい声を漏らしながら、箱を運び終えた。


 これで本日二件目の仕分けが完了だ。


「ええと、三件目は……五箱。多い……」 


 新しいファイルの番号を見て、反対側の壁の箱を探す。


 山盛り五箱。確かにある。


 部屋の中央に運ぶのは無理だから、その場に置いたまま、別の木箱に移す作業をする。


 投擲とうてき弾、それ以外の魔導具(用途がわかるもの)、魔導具(用途不明)の三つに分けるのだ。私はこれを「第一段階」と呼んでいる。

 

 投擲弾用の箱がある程度たまったら中央に運んで、座りながら投擲弾の種類ごとにまた分ける。これが「第二段階」。


 さらに、火炎弾や水流弾ごとに不発弾を分ける。これが最後の「第三段階」。


 第二段階と第三段階で分けているのは、不発弾が選別できるようになるまでは第二段階までで終わっていたのと、選別できるようになった後も第二段階までは他の職員さんに手伝ってもらうこともあったからだ。


 でも今はもうゆっくりする必要もないし、仕分け作業をしているのは私だけだ。二回に分ける意味はない。今朝の一件目も省略してやった。


 私は第二段階でハズレの除外も一緒にやることにした。


 ぽいぽい投げるようにしてどんどん選別していく。


 スイッチさえ入れなければ多少乱暴に扱っても暴発したりしない。


 速くなったのは、それを知ったのも大きいかも。


 未選別の投擲弾の箱がからになったら、壁際に行ってまた投擲弾だけを入れて戻って来る。


 全部で三〇〇個くらいの魔導具を仕分けるまでには、さほど時間はかからなかった。


 ファイルに記入を終えて箱を積んでいる途中でかねが鳴って、一件目よりも速かったことがわかった。


「さすがに疲れたな……」


 集中して全力を出したことよりも、立って運んで座って分けての動きがしんどい。


 ベルトコンベヤで移動していく魔導具が、機械で弾かれていく光景を想像したけど、そんなの実現できるわけない。


 選別を人力でするにしても、頭数あたまかずが必要だ。


 自分の周りに作業台置いて、くるくる回りながら分けていくのはどうだろう。目が回っちゃうかな?


 台があるだけでも楽になるんじゃないだろうか。立ちっ放しだとつらい?


 箱も、ローラーの上に乗ってると動かすの楽なんだけどな。せめて車輪をつけてもらうとか……。


 椅子に車輪がついてるのもいいかも? 保健室の丸椅子みたいなやつ。


 四件目以降をやりながら、私は「どうやったらもっと楽ができるか」ってことをずっと考えていた。

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