第31話 トイレ付きの物件
「リーシェさん、アパートを紹介して下さい!」
休みの日、利用者として冒険者ギルドの
リーシェさんは驚いた顔をしたあと、にっこりと笑う。
「いよいよですか」
「はい! ついにお金が貯まりました!」
収入が増えて、こつこつと預金を増やしていった結果、ついに家を借りられるだけのお金が貯まったのだ。
家賃は前払いだし、家具もそろえないといけないから、宿屋よりも初期費用はかかる。でも、ランニングコストは少ない。長い目で見れば、絶対家を借りた方が安い。
不発弾の選別を始める前は、カツカツどころか毎日赤字だった。
その私が、ここまでこられたと思うと感慨深い。
それに、もしたくさんお金を持っていたとしても、安定した収入がなければ、家を借りるまでの決断はできなかったかもしれない。
全部、あのとき魔導具の仕分けの作業に誘ってくれて、不発弾を見分けられるっていう私の言葉を信じてくれた、リーシェさんのおかげだ。
リーシェさんは私を受付前の丸テーブルに連れて行って、ファイルを広げた。私の目の前には地図を置いてくれる。
「ギルドに近い所でいうと、この辺でしょうか。少し家賃は高いですが、セツさんには安全な所にいて欲しいので……。高いと言っても、無理のない範囲だと思います」
ファイルを見ながら、リーシェさんが地図を指さす。
私は自分の希望よりも、リーシェさんのおすすめに従おうと思っていた。私のお給料も知っているから、本当に無理のない範囲で教えてくれる。
「あとは実際に見て決めたらいいと思います」
「わかりました」
いくつか候補を教えてもらい、ギルドの紹介状も書いてもらった。
「デルトンさん?」
ギルドを出ると、なぜかデルトンさんがいた。
「え、まさか、私をつけてきたんですか?」
「それが俺の仕事なんだ」
私がびっくりしていると、デルトンさんが困った顔をした。
確かに。
護衛なら、平日だけ守っていても意味がない。
あれ? ってことは、今までも休日に出かけた時についてきてたの?
とんでもない事に思い至って、私は固まってしまった。
別に後をつけられて困るような所には行ってないけど、行動を監視されていたかと思うといい気はしない。
ストーカーじゃん。
いや、デルトンさんにそんな気がないのは知っている。デルトンさんはただ仕事をしているだけだ。
それも私のために。
気持ちの上ではもやもやするけど、飲み込むしかなかった。デルトンさんを責めるのは違う。
ていうか、今までも話しかけてくれればよかったのに。
「何で今日は出てきたんですか」
「俺もそろそろ家を買おうと思ってな」
「……」
まるで自分もようやく決心がついたみたいな言い方だけど、これも護衛の一環なのだということは私にもわかる。護衛対象の近くに住んでなきゃいけないわけだ。
恋人――私の事だ――が宿を出るのに合わせて自分も近隣に家を持った。
そんな噂が立つのが目に見えていて、私は思わず空を
これはもういっそ一緒に住めばいいんじゃないの? そしたら家賃も
ヤケクソのようにそう思ったけど、さすがにその提案はできなかった。
相手は男の人だ。私のことなんて眼中にないのはわかってるし、心配なんて全くしてないけど、それでも同居するのは無理。
私にデルトンさんが近くに住むことを拒否する権利はない。
どこに住もうがその人の自由だし、これは私のためな訳だし。
魔導具師の適性があったおかげで不発弾の選別ができるようになって生活は安定したけど、もう少し普通の能力がよかった。
別に転生者
私は周囲を警戒しながら隣を歩くデルトンさんとともに、リーシェさんに紹介してもらったアパートに向かった。
* * * * *
「ここにします!」
複数の部屋を回り、最後の候補を見たところで、私は決めた。
あっちの世界風にいえば、ワンエルディーケーというやつだろう。台所と居間の他に寝室があるタイプ。
お風呂はない。まあ、体は
だけど、トイレがついている。
これが決め手だった。
共用じゃない、自分だけのトイレ。誰にも汚されない。綺麗に使えば綺麗なままだ。
ここに来るまでに見た他の物件も悪くはなかったけど、全部トイレは共同だった。
まさか賃貸とはいえ借りる部屋のトイレが共同だなんて思わなくて、リーシェさんに希望を伝えなかったことを悔やんだ。
でも、最後に出会えた! トイレつきの物件!
もはや感動すら覚える。
ちょっと家賃は高いけど、これは何よりも大事なことだ。
やっとこれでトイレに行くたびに嫌な思いをしなくても済む。少なくとも自分の家では。
絶対綺麗に使う。毎日掃除しよう。さっそく掃除用具を買わなくちゃ。
置くだけの洗浄剤とか、使い捨てのブラシなんて便利な物がなくたって構わない。
ぴっかぴかにしてやるんだから。
私は密かに誓いを立てた。
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