第30話 閑話2:勇者の窮地

「であぁぁぁぁっ!」


 僕は雄叫おたけびを上げながらゴブリンロードにりかかった。


 しかしその一撃は、あっけなく防がれてしまう。


 何度も受け止められた僕の剣は、刃がこぼれてしまっていた。


 一方、ゴブリンロードの両手剣の方は、傷一つ付いていない。


 僕とゴブリンロードの実力は拮抗きっこうしていた。このままでは、剣の性能の差で僕が負ける。


 僕は後ろに飛び退き、剣のつばにあるスイッチを押した。


 押したまま剣を振りかぶり、鋭く宙を斬る。


 ゴウッと音がして、炎のかたまりが生まれ、ゴブリンロードへと飛んでいった。熱風が顔に当たる。


 ゴブリンロードはそれを剣で防ごうとするが、剣に当たった炎は二つに分かれ、ゴブリンロードにの胸にぶつかった。


 革のよろいに焦げ目ができる。


 僕は立て続けに炎を放った。


 そのうちの二発はよけられてしまったが、命中した炎は鎧に穴をあけ、ゴブリンロードは火傷やけどった。


 ゴブリンロードは炎に弱い。


 もう一発放とうとしたとき、ぱきりと手の中でつかが割れた。損耗率が貯まりすぎて壊れたのだ。


 僕は剣をゴブリンロードに向かって投げつけ、腰に差したもう一本の剣を抜いた。


 そのタイミングを狙われ、投げた剣をよけたゴブリンロードが僕に斬りかかってきた。


 僕は剣の腹で受け止めた。


 ガキンと火花が飛び散った。


 つかのスイッチを入れると、今度は刀身が炎に包まれた。


 しかし、ゴブリンロードは立て続けに剣を振るってきた。


 剣を構えて受け止めるたびに、火のが舞う。


 駄目だ。相手に届かなければ意味がない。スイッチを入れたままでは損耗率がたまり、あっという間に壊れてしまうだろう。


 僕は諦めて剣のスイッチを切った。


 後ろからダイヤの呪文が聞こえてきて、僕の体が淡く光った。防御力を上げる聖魔法だ。


 だが、ゴブリンならともかく、ゴブリンロードには通用しない。攻撃を跳ね返すまではいかず、ゴブリンロードの全力の攻撃を食らえば、少なからず傷を負うだろう。


「くっ」


 剣を弾かれて体勢をくずし、次の剣を僕は体をそらせてよけた。だが、ゴブリンロードの剣が僕の右腕をかする。


 ピッと血が飛んだ。


 腕がしびれて剣を取り落としそうになる。


 痛みはあまり感じない。だが、怪我をすると動きがにぶくなってしまう。


 ゲームなら、どこに当たってもHPが減るだけなのに。


 僕は腰につけていた火炎弾の一つを投げ、ゴブリンロードが炎にひるすきに下がろうとした。


 しかし、ゴブリンロードは背丈せたけほどもある炎をものともせずに突き進んできた。


「くそっ」


 体勢を立て直しきれず、かろうじて剣を受け止めたものの、負傷して握力の落ちた右手は、剣を取り落としてしまった。


 僕は下がりながら、腰の火炎弾を再び投げる。


 一つ、二つ、三つ。


 やはりゴブリンロードは炎の中を突っ込んでくる。


 四つ、五つ、六つ。


「ぐおぉっ」


 続けざまの炎の攻撃にあぶられて、ついにゴブリンロードが悲鳴をあげた。片手で顔を覆っている。


聖剣セイント・ソード!」


 僕は七つ目――最後の火炎弾を投げると同時に呪文を唱えた。


 手の中に光でできた剣が生まれる。


 勇者にしか使えない特別な魔法だ。


 僕は右手を引き、炎の向こうのゴブリンロードの腹に向かって、思いっきり剣を刺した。


 ゴブリンの腹に、僕の顔ほどもある大きな穴があいた。


 光の剣がふっと消える。


 ギャァァァァァァッ


 ゴブリンロードは断末魔の叫び声を上げて、地面に倒れ、そして霧となって消えた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 僕も地面に倒れ込む。


「勇者様っ!」


 ダイヤが駆け寄ってきた。


「大丈夫。魔力切れだよ」


 聖剣セイント・ソードは超強力な魔法だが、魔力消費量が大きい。今の僕には一瞬生み出すのが精一杯だった。


「怪我の治療をしますね」


 ダイヤが回復魔法を唱えると光が怪我をした二の腕を覆い、温かい感触に包まれた。


 すっと傷が消える。赤く流れた血も、切られた服もそのままだった。


 森の中の探索やこれまでの戦闘で、もう服はボロボロだ。


 僕は上体を起こした。


「魔力ポーションをどうぞ」


 ダイヤが渡してくれたポーションを飲む。


 魔力切れ特有の、ぐらぐらとしためまいがなくなった。


「ありがとう。――ステータス・オープン」


 ステータス画面を見れば、魔力が少し回復していた。HPは満タンに近い。


「不発がなくて助かった」


 投げた火炎弾のどれか一つでも不発だったら、腕の一本は切り飛ばされていたかもしれない。


 万が一にも勇者であるこの僕がこんな序盤のボス相手に負けるわけはない。しかし、苦戦をいられることにはなっただろう。


 いざという時のロイヤル・ポーションは国王にもらったが、ウルトラレアなアイテムだ。序盤で使いたくない。


「王都から流れてきた物のようですの。近頃王都の投擲とうてき弾の不発率が下がったと聞きましたわ」

「それはないよ。投擲弾の不発率は固定だ。運が良かっただけだよ」


 ステータスに運というパラメータはないが、勇者なのだから、多少補正があってもおかしくない。レベルが上がって効果が現れてきたのかも。


 僕は立ち上がり、ゴブリンロードがドロップした水竜の盾を拾い上げた。


 炎攻撃を無効化する魔導具だ。


 これは次のボスに使う。攻撃特化の僕のスタイルには合わなくても、これがあると戦闘がかなり楽になるのだから、使わない手はない。


 それまでは大事に取っておかなくては。


 アイテムボックスがないのが嫌になる。


 見た目よりも収納量が多いマジックバッグはあるにはある。ダイヤが最高級のバッグを用意してくれた。


 だが、なぜか装備品は収納できないという制約がついていて、重たい剣や盾は自分で持ち歩くしかない。


 ゲームとの些細ささいな違いが、僕をイラつかせていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る