第9話 魔力の充填

 次の日から、勉強漬けの毎日が始まった。王様につけてもらった先生に、朝から晩まで教えてもらう。


 読み書きはもちろん、歴史や行政の仕組みまで。


 あっちの世界では勉強なんて大嫌いだったけど、生きるのに必要となると人間必死になれるらしい。高校受験の時よりもずっと勉強していた。


 だけど、あっちの世界とこっちの世界の常識が違いすぎるせいで難航していた。殺人はあまり珍しくはないとか、身分制度とか、食事は一日二回とか。


 ちょっとしたことで話が食い違ってしまって、先生と二人、お互いの認識合わせからするなんてことは日常茶飯事だ。


 そして読み書きは壊滅的だった。だって言葉が全部日本語に聞こえるんだもん。


 この国の文字は平仮名なんかと同じ表音文字で、言葉をそのまま文字に書き起こせばいいだけなんだけど、私には単語の音が聞こえない。


 だから、文字の羅列と意味を丸暗記するしかなかった。漢字を覚えるのに近いかもしれない。


 これに比べたら、英語の勉強ははるかに楽だった。


 取りあえず数字と計算に使う記号は覚えて、加減乗除はできるようになった。


 十進数って言うんだっけ? 数え方があっちと同じで本当によかった。


 一方、田野倉くんは勉強には興味ないみたいで、もっぱら剣術や魔法の訓練をしている。


 ゲームだと転生してすぐにモンスターと戦ったりするけど、現実にはそうはいかない。初心者が木の棒を振り回すなんて馬鹿なことはせず、ちゃんと訓練してから外に出るに決まっているのだ。


 教えている人が目を見張るほどの上達ぶりらしい。さすが勇者様は素養が違う、と言われていた。


 田野倉くんは新しい魔法を覚えると必ず見せてくる。


 最初は明かりを生み出すだけの魔法しか使えなかったのに、今は光の玉で攻撃したり、光の矢を放ったりできるようになった。


 機会がないから実演はしてもらっていないけど、体内の毒の浄化もできるそうだ。


 田野倉くんには私も訓練した方がいいと言われた。


 でも、田野倉くんと違って冒険出るわけじゃないんだから、モンスターとの戦い方なんて私に必要とは思えない。


 私はもっと安全に、堅実に生きる方法を探すんだ。



 * * * * *



 その夜、私は寝室の机で授業の復習をしていた。紙は貴重だから、文字の練習は黒板とチョークを使う。


 フッ――。


 突然手元の明かりが消えた。


 魔力切れだ。


 私はランプのスイッチを切り、ふたを開けて中の魔導具を取り出した。


 その魔導具は、ガラスみたいに透明の石を、半分に割れた玉子の殻が上下を挟んでいるような形をしていて、スイッチを入れるとその透明の石が光る。魔導具のスイッチはランプのスイッチと連動している。


 火を使っていないから、魔導具は全然熱くなっていない。


 私は机の引き出しを開けた。いくつかある赤い魔石の中から、手に握り込める大きさの物を選び出す。


 水晶のように六角柱をしているその魔石は、中心がほんのりと光っていた。光は心臓の鼓動こどうのように明滅している。魔力が入っている証拠だ。


 右手に持った魔石を左手の魔導具の石に近づけると、ふっと魔石の光が消えた。魔力が魔導具の中に充填じゅうてんされたのだ。


 田野倉くんは、実際に魔力が移動するのが見えると言っていた。魔法の扱いにけている人、例えばリディアスさんにも見えるそうだ。人魂ひとだまのようなものが乗り移るようだとか何とか。


 私には――というか普通の人にはそんな特殊能力はないので、魔石の光が消えたのを見て、魔力が移ったのだろうと判断するだけだ。


 試しに魔導具のスイッチを入れてみると、透明の石が光り輝いた。


 まぶしい!


 慌ててスイッチを切ろうとしたら、手の中の魔導具がピシリと音を立てて、光が消えた。


 え?


 驚いて魔導具を見てみると、上の殻の部分にヒビが入っていた。


「壊れちゃった……」

 

 魔導具は使えば損耗率が増えていって、いつかは壊れる。損耗率が高ければ壊れる確率が高い。それがこの世界での常識だ。


 損耗率は目で見えない。だけど、修理屋さんにはどの位たまっているかわかる。それだけじゃなくて、素材や魔石を使って損耗率を下げることもできる。


 ……ここでも田野倉くんはチートぶりを発揮していて、損耗率がなんとなくわかるらしいけど。


 このランプのように日常的に使われるような魔導具は、損耗率の上がり方が緩やかで、壊れにくくなっている。


 だから、私が魔導具が壊れた所を見たのは初めてだった。聞いていた通り、何の兆候もなくいきなり壊れた。


 ランプだったからいいようなものの、剣やたてがいきなり壊れたら相当困るだろうな。いや、ランプでも真っ暗な洞窟の中だったりしたら大変か。


「どうしようかな」


 ランプを取り替えてもらうか、部屋の明かりだけで勉強を続けるか。


 ううん。もう遅いし、今日はこの辺にして、明日取り替えてもらおう。


 私はいつもよりも早めに眠りにつくことにした。




 ――これが、王宮での最後の夜になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る