第8話 言語能力

 私に何らかの系統の魔法の才能があったら、もう少し調べることがあったみたいだけど、全くないことが判明してしまったので、やることがなくなってしまった。


 服職人が来るまでに時間があるということで、私たちは客間に戻された。


 部屋までの道順は田野倉くんがばっちり覚えていた。


 私は、部屋から食堂までの道も、食堂から魔法の鑑定をしたリギュアスさんの部屋までの道も、ただついて行っただけで全然見てなかったのに。


 今度はちゃんと覚えようと思いながら歩いていたけど、廊下を何度か曲がって階段を上り下りしている間にわからなくなってしまって、途中で諦めた。


 廊下ですれ違った人たちは田野倉くんが勇者様であることを知っていて、みんなお辞儀をしていた。黒髪や日本人顔が珍しいということはなかったけど、私たちだけ制服を着ているから、異邦人であることは丸わかりだ。


 客間に入る前に、私は廊下の端のトイレから何番目の扉なのか数えた。


「……三、四、五番目か」

「何してるの?」

「どの部屋かわからなくならないように数えてたの」

たかだよ。勇者の象徴」

「鷹?」

「うん。ここに鷹って書いてある」

「え?」


 田野倉くんが開いた扉を戻して、扉についているプレートを指さした。そこには、他の部屋同様、いくつかの記号が書いてある。


「もしかして……読めないの?」

「これ文字なの?」

「僕には日本語に見えるけど」

「私には記号にしか見えない」


 なんてことだ。


 てっきり読み書きする能力はあるものだと思っていたから、よくわからない記号だと判断していたのに、これが文字だったとは。

 

 言われてみれば、確かに文字に違いなかった。扉のプレートに書いてあるんだから、部屋の名前に決まっている。


 当然書くこともできなかった。空中に何か書こうと思っても、日本語やアルファベットしか出てこない。


 私には聞いて話す能力はあっても、読んで書く能力はないらしい。


 それって、すごーくマズいんじゃない?


 本が読めないとかだけじゃなくて、看板や物に書いてある説明も読めない。


 義務教育で当然のように読み書きを覚えてきた私からしたら、それができない世界なんて想像もできない。


 外国に旅行に行けばこんな感じなのかな。いや、それにしたって英語の併記はちょこちょこあるよね。こんな、全く何一つ言葉が読めないなんてことある?


 私は、部屋に入るのも忘れて茫然ぼうぜんとしてしまった。


 元の世界に戻れないとわかった時と、同じくらいショックを受けていた。


「大丈夫だよ。話はできるんだし、僕もいるんだから」


 いや、大丈夫なわけないよね?


 王宮の中だから文字表記が多いのかもしれない。普通平民は読み書きができないっていう設定のラノベは結構ある。


 だけど、そうじゃなかったら? みんな当たり前のようにできたら?


 世界の中で、ひとりだけ取り残されたような感覚になった。


 私はステータス・オープンが使えない。ゲームの知識はないし、魔法の才能があるわけでもなければ、文字もわからない。


 こうなってくると、話ができることが奇跡だった。転移者特典でそれが当然だと思っていたけど、そうじゃない可能性もあったんだ。


 私は自分の体を抱きしめて、ぶるりと震えた。


 怖い。この世界が。何も知らないことが。


 受け身じゃ駄目だ。


 田野倉くんが教えてくれるままに受け取っているだけじゃ足りない。自分から知ろうとしなくちゃ。


 それから、服職人が来たという知らせが来るまで、私は田野倉くんを質問攻めにした。


 場所を移して服を作るための採寸をしている間も、職人さんに色々聞きまくった。服のデザインなんかよりも、ずっとこっちの方が大事だ。


 結果、私はドレスを数着と、ハイヒールを一足作ることになった。ドレスは一人で着られないし、試着もすごく重かったけど、職人さんが王様の前で変な格好はできないと言うから任せた。


 田野倉くんは同じ服を複数作ることにしたらしい。後でデザイン画を見せてもらったけど、いかにも勇者という感じだった。

 

 職人さんが下着と靴下の替えをくれた。パンツは半ズボンみたいな感じだし、ブラジャーじゃなくてコルセットだったし、靴下はゴムじゃなくてひもで縛るようになっていたけど、とりあえず一安心だ。あと寝間着ももらった。


 メイドさんに洗う場所と干す場所を聞いたら、自分たちがやるから寝室のかごに入れておけばいいと言われた。


 他はともかくパンツを他人に洗われるのは絶対嫌だ。拝み倒して聞き出した。メイドさんたちの居住エリアにあるらしい。


 洗濯用の魔導具なんて便利なものはなく、残念ながら手洗いだそうだ。


 その後、時間が余ったらこの世界のことを教えてもらうという話だったけど、夕食の時間になってしまったので、明日にすることになった。質問しまくろうと意気込んでいた私は、肩透かしを食らった。


 すごくお腹がすくと思ったら、そういえばお昼ご飯を食べてないのだった。


 この世界は朝と夜にしか食べないそうで。食べ盛りの十七歳にはきつすぎる。


 私だけじゃなくて、田野倉くんもショックを受けていた。だよね。ゲームじゃご飯は体力回復とかのアイテムでしかないから、食事の回数なんて気にするわけがない。


 夕食はまたぼっち席だった。


 シチューが出てきたけど、肉がとても硬くて、臭味くさみもすごかった。たぶん食べ慣れた牛や豚やとりではないと思うんだけど、何の肉か聞くのはやめておいた。

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