第7話 魔法の才能

 私が食べ終えてしばらくしてから、他の三人も食事を終えた。


 そのタイミングを見計らったように食堂の扉が開き、ローブを着た人が現れた。昨日魔法陣の部屋に来たおじいさんだ。今日は杖を持っていない。


「さあさ、魔法の鑑定をいたしましょうぞ」


 ささっと奥まで歩いて行ったおじいさんは、田野倉くんをかして立ち上がらせると、部屋から追い出すように背中を押した。


「ほらほら、あなたも来なされ」

「ちょ、ちょっと」


 私も腕を引っ張られて戸惑っていると、ダイヤ姫の叱責しっせきが飛んだ。


「リギュアス! 落ち着きなさい! 勇者様が戸惑われているでしょう」

「おお、私としたところが。失礼しました、勇者様方。自己紹介がまだでしたな。私は筆頭魔導師のリギュアスと申します」

「魔導師の中で一番偉い人だよ。聖女が不在の隙を狙って襲ってきた魔族から王都を守って死ぬんだ」


 こそっと耳元で田野倉くんが教えてくれた。余計なことまで。


「僕は勇者の田野倉じゅん。こっちは小日向世絆せつなさん」

「勇者様に、セツヌ様ですな」

「世絆さんだよ」

「おお、セツネ様」

「世絆だってば。せ・つ・な」

「セツヌ様」

「セツでいいよ。敬称もなしで」

「ではセツ、と」


 何度か田野倉くんが教えたけど、リギュアスさんはどうしても「せつ」とは言えないらしく、私が折れた。別に呼び名にそこまでのこだわりはない。


 それより、私はセツなのに、田野倉くんは勇者様のままでいいのかな。勇者になりたがってたんだから、むしろそう呼ばれたいのか。


「では、改めまして、勇者様、セツ。これから魔法の才能の鑑定をいたしますぞ。ついてきて下され」

「僕は聖魔法だってわかりきってるけどね」

「まあまあ、そうはおっしゃらずに。念のため鑑定いたしましょう」


 リギュアスさんは田野倉くんの背中に腕を回してうながした。


「わたくしも行くわ」

「これ、ダイヤ。お前は授業があるだろう」

「でもお父様、勇者様の魔法の才能は、わたくしも知っておく必要があるわ」

「後で結果を報告させる」

「……わかりました。勇者様、授業が終わりましたら、すぐにお部屋に参ります」


 王様に言われて、ダイヤ姫は口をとがらせつつも、渋々了承した。


 五人で一緒に食堂を出たが、ダイヤ姫だけ反対の方向に歩いて行った。


「セツ様、すみません」


 横に並んだ王様が私を見て言った。

 

「何がですか?」

「娘に押し切られてしまいまして……」

「僕もごめん。あんな端っこで一人食べさせちゃって」


 ああ、そのことか。


「気にしていません。お食事を頂けただけでありがたいです。ごちそうさまでした」

「お気に召したのならよかったです」


 お気には召していない。言わないけど。


「あの、できれば敬語をやめて頂けないでしょうか」


 ダイヤ姫はタメ口だったし、リギュアスさんにも敬語は使わないでと頼んだ。ここで王様にだけ使ってもらうのはおかしいでしょ。


「わかった」

「僕もそうして欲しい」

「いえいえ、勇者様にそのようなことは」


 やっぱり田野倉くんは特別なんだ。


 で、田野倉くんの方も、王様相手にタメ口なんだね。さすが勇者。私にそんな勇気はない。


「さあさ、こちらへどうぞ」

「ではわたしはここで」


 リギュアスさんが私たちを部屋へと招き入れ、王様は部屋の前で別れた。


 部屋の壁は本棚で埋め尽くされていた。窓さえも。日光の代わりにランプの明かりが部屋の中を照らしていた。


 大きなデスクが置いてあるけど、本が積み上がっていて、椅子に座っても何もできなさそうだった。というか、椅子の上にも本が積んである。


 その他は、なんだかよくわからない物がたくさん。足の踏み場がないほどに置いてあった。


 大きなつぼだったり、椅子を背中合わせにくっつけたような物。振り子時計みたいな物に、背丈よりも高い鏡のような物。ホッケーのスティックみたいなのとか、宇宙服みたいな物もある。


 そのほとんどが魔導具だった。淡く光っていて動いている魔導具もあったし、沈黙している魔導具もある。用途はさっぱりわからないけど、どれも大きな石がついているから、たくさん魔力を消費するすごい魔導具なんだろう。


「これじゃ、これ」


 私たちが部屋の入り口でどうしたものかと立ち止まっていると、リギュアスさんが小さな丸テーブルを引っ張ってきた。


 いろんな魔導具にぶつかって、ガシャンガシャンと音がしている。壊れてしまうんじゃないかとひやひやした。


 テーブルの上には、金属の大きなボウルが置いてあった。一目でわかった。これも魔導具だ。表面にびっしりと溝がってある。


 乳白色の液体が半分くらいまで入っていて、テーブルが止まった勢いでちゃぷんちゃぷんと激しく揺れているのに、なぜか液体は外にこぼれない。


 田野倉くんも不思議そうにしていた。


 もしかしたらこれはゲームに出てこないのかもしれない。


 田野倉くんの知らないこともあるんだ、と少し嬉しくなってしまった。


「勇者様方、近くに寄って下され」


 足元の物を踏まないように注意して近づき、三人でテーブルを囲む。


「これで魔法の才能の鑑定をします。まずは勇者様、お手をこの中へ」


 田野倉くんがぎょっとした。


 わかるよ。こんな薄めた牛乳みたいな、わけのわからない液体に手を突っ込むなんて、嫌だよね。


「さあさ、勇者様」

「わ、わかった」


 期待できらきらとした目を見せるリギュアスさんに、田野倉くんは負けた。


 指先でツンと表面に触ったあと、ゆっくりと手を浸していく。


 やがて、液体の白さが濃くなった。見た目は牛乳そのものだ。


「おお……! やはり勇者様には聖魔法の才能が!」

「だからそう言ってるだろ」


 苦笑しながら田野倉くんが手を引き抜いた。不思議なことに、その手は全く濡れていなかった。


 液体は薄めた牛乳色に戻った。


「次はセツの番じゃ」

「はい」


 田野倉くんが先にやったから、安心して手を入れることができた。


 冷たいような、温かいような、粘り気があるような、さらさらしているような、変な感触だ。


 手の平を底につけて、しばらく待つ。


 でも、液体に変化は現れなかった。


 リギュアスさんが黙って首を振る。


「どの系統の魔法の才能もないようじゃ。勇者様と同じ召喚者だから何かあるかと思ったが」

「ごめんなさい」


 残念そうに言ったリギュアスさんに、私は謝った。別に私が悪い訳じゃないけど。


「ちなみに、他の系統だとどうなるんですか?」

「こうなる」


 私の代わりにリギュアスさんが手を入れた。


 液体はすぐに色を変えた。赤と青と黄色の縞模様ができる。


「火と水と土」

「そうですじゃ」


 田野倉くんの言葉に、リギュアスさんがうなずく。


 こうもはっきりと変化するところを見せられてしまうと、私が全然駄目だったのがよくわかる。


 期待はしていなかったはずなのに、私はとてもがっかりしていた。心のどこかでは、何かあるかもと思っていたのかもしれない。


「仕方ないよ。小日向さんは勇者じゃないんだから」


 がっくりと落とした私の肩に、田野倉くんが手をぽんと乗せた。

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