第6話 異世界の食事

 結論だけ言うと、トイレは想像したほどひどくなかった。


 日本ほどぴかぴかというわけにはいかないけど、一応洋式だったし、何より水洗で、臭くなかった。


 わら半紙みたいなごわごわの紙もあったし、手を洗う場所もあった。


 毎日何度も通う場所が最悪じゃなくて本当に良かった……! 想像通りだったら限界まで我慢して膀胱ぼうこう炎になる運命だった。


 切羽詰まっていた行きとは違い、ゆっくりと余裕のある足取りで廊下を戻る。


 あれ、どの部屋だっけ?


 廊下には似たような扉が並んでいて、ついているプレートにはやっぱり記号しか書かれていない。


 困っていると、後方のドアが開く音がした。


「勇者様! 早くいらして! 美味しい朝食をご用意いたしましたのよ!」

「だから、小日向さんがまだ戻って――」


 振り向くと、ピンク色のドレスを着たお姫様が田野倉くんの腕を引っ張って出てきた所だった。


 なんでお姫様だと思ったかというと、頭の上にティアラがあったからだ。


 いや、女王様なのかな。あの若い王様にこんな大きな娘がいるわけない。


「あ、小日向さん。よかった」

「あら、戻って来たのね。あなた、お名前は?」

「小日向です。小日向世絆せつな

「セツナ? 変な名前ね」


 お姫様だか女王様だかわからないその人は、羽根のついた扇子せんすを口元に当てて言った。


「小日向さん、こちらはダイヤ姫。聖女だよ」


 あ、お姫様なんだ。


 聖女ってなんだろう。聖なる魔法を使えるってことかな。いかにも勇者パーティにいそう。


「よろしくお願いします」

「……」


 私は丁寧にお辞儀をしたけど、ダイヤ姫は何も言わなかった。あごを上げたつんとした態度で、私を値踏みしているようだった。


 まあ、お姫様だったらそうなるだろう。こちとら一般人なのだ。こっちの世界風に言えば平民ということになる。口をくのもはばかられるのかも。


 昨日の王様は気さくに話してくれるどころか、敬語を使ってくれてたけど。


 あれ、でも、ダイヤ姫もさっき田野倉くんには丁寧な言葉を使ってたような?


 てことは、この態度は私にだけ?


「さあ、勇者様、行きましょう。お料理が冷めてしまいますわ」


 お姫様はふいっと私から視線を移し、田野倉くんに微笑みかけた。



 * * * * *



 田野倉くんの腕に腕をからめたダイヤ姫の後を追い、長い廊下を歩き続けて、食堂に着いた。


 そこには二十人は座れると思えるような長いテーブルがあって、真っ白なテーブルクロスが掛けられていた。


 一番奥の端っこ、いわゆるお誕生日席には王様が座っていて、その両隣の席に椅子が用意されていた。


 そして王様の向かいである長ーいテーブルの反対側の端っこ――の隣の席にも一脚、ぽつんと椅子が置かれている。一番入り口に近い席だ。つまりは私たちのすぐ目の前。


 ダイヤ姫がぐいぐいと強引に田野倉くんを王様の方へ引っ張っていく。


 あ、そういうこと。


 私は空気を読んで、目の前のぼっち席に座った。


 田野倉くんと姫は、控えていたウェイターさんみたいな人に椅子を押してもらっていた。


 全員が座ると、パンとスープとサラダが運ばれてきた。メニューは四人とも同じだった。


 テーブルの上に置かれたそれらをじっと見る。


 黒コッペパンみたいな色の丸いパン。バターはなし。キャベツとニンジンの入った薄い色のコンソメスープ。レタスとキュウリとトマトのサラダ。ドレッシングはなし。


 三人が食事に手をつけるのを待ってから、私もスプーンを取った。


 スープはコンソメじゃなかった。味がついていない。野菜をゆでただけって感じ。キャベツを口に入れてみると土っぽい味がして、ニンジンにはえぐみがあった。


 気を取り直してパンを手に取る。


 かたっ。


 カチカチだった。ちぎろうと思ってもちぎれない。


 困って遠くにいる三人を見ると、王様とお姫様は普通にちぎっていた。


 私だけカチカチなのかと思ったら、田野倉くんも四苦八苦していて、ダイヤ姫が笑ってパンをちぎってあげていた。


 握力やばくない?


 私のことは誰も手伝ってくれなかったので、仕方なくナイフとフォークを使った。ダイヤ姫が信じられないという顔をしていたけど、見なかったことにした。


 だっておなかがすいてるんだもん。


 そのままだとかみ切れないと思ったので、三人をならってスープに浸してから食べる。


 かたっ。


 それでも硬かった。一口飲み込むだけであごが疲れた。なんか酸っぱくて、変な味だった。


 そして三つ目のサラダだ。


 前の二つで期待をしてはいけないことがわかったので、期待値を下げて挑む。


 レタスはキャベツ同様土っぽい味で、キュウリはスカスカ、トマトはすごく酸っぱかった。


 現代の野菜や果物は品種改良されて昔よりずっと美味しくなってるって話は聞いたことあるけど、本当だったんだ……。


 てかトマトって南米原産じゃなかったっけ? もうアメリカ大陸見つけたの? 


 ゲーム世界にケチをつけても仕方ないけど、ここでトマトを出してくるなら、味も現代っぽくしてくれればよかったのに!


 この分だと、肉も期待できない。家畜の品種改良も進んでいないだろうから。でも魚はいけるかな。天然ものの味は変わってないはず。


 待てよ?


 モンスターがいるんだよね? てことは、モンスターの肉とかもあり得るってこと? この野菜も普通の野菜じゃないかも……?


 某ビッグタイトルのRPGに出てくる、くさい息を吐いて状態異常攻撃してくる植物モンスターを思い浮かべてしまう。


 ……考えるのやめよ。


 とても美味しいとは言えない、どちらかというとだいぶ不味い部類に入る食事だったけど、かろうじて食欲の方が勝り、私はなんとか残さず食べきった。

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